Monday, December 26, 2011

ヘンリー・ウィンターが振り返る2011年

年末の時期になって、各メディアも1年を振り返る記事を出し始めている中でピックアップしたのは「テレグラフ」紙。おなじみのヘンリー・ウィンター記者が1年を振り返った。


++(以下、要訳)++

今年一番の試合:マンチェスター・ユナイテッド 8-2 アーセナル

単純に驚いた。アーセナルは王者に瞬く間に凄まじいテンポで切り裂かれた。特にウェイン・ルーニーの破壊力は格別だった。アーセナルは従順そのもので、アンドレイ・アルシャビンとトーマス・ロシツキの最低のパフォーマンスが際立った。クラブの公式サイトであっても「アーセナルが浴びる10ゴールの恐怖」とまでは敢えて書かないだろう。これは明確な恥晒しだった。



今年一番のチーム:バルセロナ

抵抗する方法の見当たらない、ボール奪取の修行僧たちとボールを操る手品師たちの組み合わせ。歴史上最も偉大なチームで、革新的でもある。戦術的には、バルセロナはフットボールをそのプレス万華鏡のようなパス交換で別のレベルへと導いた、マンチェスター・ユナイテッドがウェンブリーでのチャンピオンズリーグ決勝で数分間でも渡り合ったのはよくやった方だと思う。


今年一番のヒーロー:リオネル・メッシ

最高のひと言。このアルゼンチン人はボールにタンゴを教え、シミーを踊りながらエリアに侵入していった。スタイルやプレー内容すべてに、メッシはさらにフットボールを愛するファンを抱えている。その天賦の才能と働きぶりで、バルセロナの魔術師たちの長として余計な駆け引きなどしない。そしてメッシはピッチ外での謙虚さで、人間としても選手としても稀な礼儀正しさを持つ男として際立たせている。

今年一番の悪党:ゼップ・ブラッター

未だにその地位にあり、未だに困惑を与え続ける。誰も老犬に新しい芸を教えられないとは言っていない。性差別に同性愛嫌悪と続き、今度は人種差別が握手で解決できるなどというバカげたコメントを出した。狂気としか思えない。FA嫌いとともに広がるブラッターの支配は、彼が2015年までは辞めないことも意味している。フットボールにスキャンダルをもたらす学校の校長が愚かなコメントと論争を出し続けるのは、あとたった4年。ゾッとする。

今年一番の小競り合い:バロテッリ対ビブス

最高のコメディ。


今年一番のツイート

「この間ハムレットを見たが、残念なことに最後にはほぼ皆死んでしまった。これだけ多くの言葉が何の意味ももたらさないのを初めて経験したが、それでも素晴らしかった。俺のインタビューみたいなもんだな」(イアン・ホロウェイ) - チャーリー・アダムについて繰り返される質問に答えて。

大事にしたい記憶

今年5月、35年の月日を経てマンチェスター・シティが遂にFAカップを獲得した時の、人々の誇りと喜び、そして信じられない、という様子。これまでの荒れた道のりと、隣のクラブからの冷やかしは、ウェンブリーでの試合終了のホイッスルと共に全て忘れ去られ、忍耐と忠誠が報いられた。

忘れたい記憶

ギャリー・スピードの死。今年一番つらい瞬間だった。彼ほどの人格者にはそう出会えないし、ミッドフィールダーとして成功し、素晴らしいプロフェッショナルで、ウェールズを若手選手たちと共に立て直していた。皆からあふれ出る悲しみは、彼がいかにポピュラーな存在であったかを物語っている。



スピードを際立たせていたのは、魅力的なフットボールをフェアにプレーするという、誰もが認める原則からだった。そして彼は信じがたいほどに落ち着いていたし、エゴの無いスターだった。彼を偲んで拍手が鳴りやんでも、悲劇はまだ続く。悲しみにくれる2人の息子たちは父無き人生を歩んでいかねばならないのだ。

10語で表す2011年

バルサを除けば当たりとは言えないが、イングランドはユーロ出場を決めた。ふう。

新年に向けて

・ルールを決める方々、ペナルティー・ボックスの設置検討を
・レフェリーたち、重要な判定についてはTVで発言を
・ウェイン・ルーニー、スタンドにいては役に立たないことに気づいて欲しい
・ロス・バークリー、引き続きデイビッド・モイーズのもとで修業を
・ラヴァエル・モリソン、大成できるのはサー・アレックス・ファーガソンに全てを捧げて、彼の言うことにしっかりと耳を傾けられればの話だ
・選手たちが疲労困憊になり、ケガでボロボロにならずに済むよう、ウィンターブレークの導入を検討すべき

++++

ということで、引用することの多かった彼の記事。こうした記事選びも、だんだんとメディア単位よりも、記者を基準に選ぶようになってくる。ある程度の数を目にしていると、目線やスタンスも分かってくるし、前回のスアレスの記事を書いてたスミス記者のような引き抜きも理解できるようになる。こういうところにも文化の違いを感じたり。

Wednesday, December 21, 2011

ルイス・スアレス - 礼儀正しく、丁寧、繊細な男

昨日8試合の出場停止と4万ポンドの罰金との裁定が下ったユナイテッド戦でのパトリス・エヴラとのいざこざや、先日のフラム戦での相手サポーターに対する振る舞いからダーティーなイメージが付きまとうリバプールのルイス・スアレス。裁定の前のものだけど、そんな彼を別の角度から捉えようとする記事を出したのは「インディペンデント」紙のロリー・スミス記者。つい最近まで「テレグラフ」紙に在籍していたはずが、いつの間にか"移籍"していたのだが、彼の記事はいつもしっかり書かれていて好感が持てるから、どこの所属でも良いから骨太に書き続けて欲しい。


++(以下、要訳)++

レフェリーたち、対戦相手、ファン、そして敵たちの全てがルイス・スアレスのことは分かっていると考えている。スアレスはアヤックスの共食い野郎で、アフリカン・ドリームを幾度となくコケにする男だ。

直近ではフラムのファンに対して明らかな怒りの感情と共に指を立て、より深刻にはパトリス・エヴラに対する直接の人種差別的な発言を責められている。彼はイカサマ師で悪党、そして災難のもとなのだ。

しかし、彼と共に育ち、彼の人格を形成し、彼と遊び、彼とチームメイトとなり、友達となった彼をよく知る人々に話を聞いてみると、そのイメージは崩れ始める。スアレスを描写するために使われてきた、様々な軽蔑的な悪口は、ほぼ全て覆されてしまう。

ナシオナルのユース時代からの仲間で今でも親友のマティアス・カルダシオは、誰もが共感したごく初期のスーパースターだったスアレスを思い出す。子供だったスアレスをスカウトしたディレクターのアレシャンドロ・バルビは、彼がヨーロッパで「理解し難い」と形容された評判に理解を示す。2人ともスアレスは「謙虚で親切、静か」だったし、今でもそうだという点で意見が一致している。

「彼との思い出の全ては優しさに包まれたものだ」と語るのはかつてマンチェスター・ユナイテッドでプレーし、スアレスのヨーロッパで最初のクラブとなったオランダのフローニンヘンでコンビを組んでゴールを量産したエリック・ネヴランドだ。「最初はそもそも言葉ができなかったし、落ち着くまではもうひとりのウルグアイ人のブルーノ・シルバと過ごすことが多かった。彼には難しい時期だったけど、ロッカールームではいつも笑ってたよ。凄く良い意味でルイスを忘れるってのは難しいことだね」

スアレスの一番最近の騒動の場を提供してしまったフラムで監督務めるマルティン・ヨルも意見は同様だ。アヤックス時代にスアレスを守る立場だったヨルは、スアレスを「本物のキャプテン」だった、と振り返る。

スアレスと共にスタメンに名を連ねるリバプールの面々も、これには同意するだろう。スアレスは長くスタメンに定着しているが、それは単に彼のイングランドへの適応を助けた南米人の仲間がクラブにいたからではない。彼や彼の家族は確かにマキシ・ロドリゲスやルーカス・レイバ、最近加入したセバスチャン・コアテスと過ごす時間が長いが、クラブにはスティーブン・ジェラードやジェイミー・キャラガー、ペペ・レイナといったアンフィールドの影響力ある強者たちがいるのだ。ダルグリッシュが「ルイーズ」と形容するこのストライカーへの愛情は本物だ。ダルグリッシュは、スアレスが初めてメルウッドのトレーニング場を娘たちと共に訪れた時の喜びの表情をよく覚えていて、それ以来ずっと笑顔を保ち続けていると信じている。

しかし、彼は常に笑顔なわけではない。フラム戦の後には、主審のケヴィン・フレンドから適切に守られなかったことや90分間にわたって彼に向けられた野次、敗戦の痛みなどから来る苛立ちから我慢の限界を超え、手袋をした手でクレイヴン・コテージにジェスチャーを作った。

彼はエヴラに人種差別的な発言を行ったとして責められているアンフィールドでのマンチェスター・ユナイテッドとの対戦の時には、不機嫌に相手と衝突しており、笑顔ではなかった。そして、FAからの調査を受け、「スペイン語の"negrito"のニュアンス」をもって自己弁護をしようとしている時には、全く笑顔ではないだろう。

もちろん、フットボールの選手がひとたびピッチに上がるとプライベートとは全く異なる、ということに驚きは無いし、スアレス本人もそれは認めている。「妻のソフィアは、僕が家でもピッチでプレーしている時と同じだったら、もう妻ではいないつもり、って言ってるよ」と笑う。しかし、その差が大き過ぎることがより詳細な調査へとつながってしまってもいる。

前出のネヴランドは「色々な人があれこれ言っている人間と、僕がプレーしたルイスが同一人物とはちょっと思えないね」と語るが、ひとつ明確な説明が続いた。「彼にとっては勝つことこそ全てなんだ」

これは、スアレスに出会ってきた人々に共通するテーマだ。ミランにも所属したカルダシオは「ウルグアイ人は決して敗北を受け入れない。それでもルイスは誰とも違っていたよ。14歳にして失ったボールは決してあきらめずに取り返しに行ってたよ。ある試合で、俺たち21-0で勝って、ルイスは17ゴール決めたんだけど、それでも一瞬たりとも止まらなかったね。彼は勝ったとは考えないんだ。いつだってより多くを求めるんだよ」

その点にしても、エリートのスポーツマンとしては決して珍しいことではない。スアレスの際立った特質を示す唯一の方法なのだ。あるオランダ人心理学者が、昨年11月にPSVアイントホーフェンのオットマン・バッカルに噛み付いた事件を調査し、原因は敗北への失望にあるのではないかと考えた。バルビは、フラム戦でのジェスチャーと同様、彼がそれをいかに真剣に受け止めているかということ、と見ている。

バルビは続ける。「ルイスは試合を感じ取るんだよ。こんなことはウルグアイじゃ起きなかった。アイツが退場になったことだって記憶にないね。いつも礼儀正しくて丁寧な男だった。でも、ワールドカップでジダンに起きたことを見れば、最高の選手でも時には我を失うこともあり得るんだろうね」

ジダンのマテラッツィへのヘッドバットは、スアレスに突き付けられている人種差別への責めに比べれば些細なことだ。スアレスに処分が下るようであれば、彼のイメージは一気に墜ち、イングランドでのキャリアすら危ういものになるだろう。リバプールのオーナーたちも、評決がクラブの評判にもたらす影響を懸念している。

カルダシオは、「小さな頃から凄く礼儀正しいし、エヴラを侮辱するだなんて信じられないよ」と語る。バルビも考えうる一番の強い言葉でこれに同意した。「今かけられている人種差別の疑いは、決してルイスがどういう人物か、という話と同じではないと保証できる」

ひとつの懸念は、勝つためには何でもするという男であれば、そういう手段に頼ることも考えられる、ということだ。カルダシオも、スアレスの絶え間ない衝動が時として「すべきでないことをする」ことにつながることは認めている。しかし、それはむしろシミュレーション -南米人はそれを狡猾さや抜け目の無さと表現したがるが- に当てはまると考えており、スアレスがそうした差別的発言での侮辱をするとは想像できない、と言う。

しかし、スアレスを見るイングランドの観客たちにとっては、彼は腹いっぱいのシミュレーションをする悪党であり、状況が異なる。友人には謙虚で礼儀正しいと言われる男が、プレミアリーグでは手に負えない子供扱いされているのだ。このような文脈の下では、ワールドカップでああした形でガーナを下したことを喜ぶ男が、先天的な狡猾さを見せた所でスキャンダルに巻き込まれるのは簡単に想像できよう。

スアレスは、そうした評判を受けてしまった最初の選手というわけではない。エリック・カントナ、クリスティアーノ・ロナウド、ディディエ・ドログバ…、彼らは皆、スアレスに集まってしまう視線とどう対処したら良いかアドバイスできるだろう。マリオ・バロテッリはスアレスの前に注目を集めたが、彼は試合と関係ない話に関心を持たれることへの当惑を雄弁に語り、それがピッチ上での彼への視線が他の選手と異なっていることの原因だと信じている。

ネヴランドは「イングランドはまた違うところで、外国人選手にとっては馴染むのが凄く難しいこともある」と語り、バルビはやがてそれはスアレスにイングランドから出ていくこと考えさせるだろうと続けた。「彼は繊細なんだ。周りの人が彼をどう見てるか、凄く心配していると思う」

ここでも考え方は二分されるだろう。スアレスをプレミアリーグに蔓延する疫病と考える面々にとっては、彼に処分が下るなら追放する良い機会だと考えるだろうし、これに反対するのは難しい。処分が無かったとしても、彼の評判に付きまとう汚点は、彼を追い出してしまうには十分なものだ。もちろん、逆の考えで、彼が出ていくとなれば取り乱す人もいるだろうし、それは彼が熱愛するアンフィールドだけではないだろう。

そして彼の友人たちにとっては、尽きることのない無念だ。カルダシオは「俺はルイスとプレーした8年間を忘れることはないよ。俺たちにとって、アイツは最も愛されて、皆心酔してきた選手なんだ。国全体にとっての偉大なる誇りさ」 ウルグアイにおいても、"シミュレーションする手に負えない子供"とは全く異なるスアレスがいて、人々はスアレスを知っていると考えている。彼らが知っているスアレスは、我々が知るに至ったスアレスとは別人なのだ。

++++

基本的には皆メディアを通じてしか分からないことだと思うんだよな。咀嚼の仕方なんだろうけど、結局今のイングランドのメディアが一気に叩きにかかってるところを見ると、そうじゃないだろ、と感じるところも出てきて…。擁護しようとか、そういう話じゃないんだけど。

Friday, December 16, 2011

アーセナルのレジェンドとなったティエリ・アンリと涙

先週のエヴァートン戦前に、アーセナルのエミレーツ・スタジアム横でご披露目となったティエリ・アンリの銅像。本人は自分の銅像を目にして涙を浮かべつつスピーチをした。


++(以下、要訳)++

赤と白のスカーフを首に巻いたティエリ・アンリは、救世主的とも言えるポーズの自らのブロンズの像を凝視して家族やファンに目を向けると、次第に涙が浮かんできて視線を反らさざるを得なくなった。



前にこれに似た感情を味わったのは、2007年にアーセナルを去った時だとアンリは断言した。その時には、誰も彼の涙など目にしなかったが、彼はここに戻って来た。そして今回の涙は全く恥ずべきものではないし、誰もがそれを注視した。

自分の人生とも言えるクラブのスタジアムの外で、銅像として不滅の存在になること。それは夢にも思わなかったことだ、とアンリは語る。

「心の底からアーセナルには感謝したい。今までにも言ってきたことだが、『ひとたびグーナー(Gooner)となれば、生涯グーナー』とこれからも言い続けるよ」と言うアンリの声は詰まっていた。

アンリの像は、アーセナルに最も多大な影響を与えた3人 - アンリ、トニー・アダムス、ハーバート・チャップマン - の銅像のひとつであり、クラブの創設125周年を祝う一環で建てられた。アンリにとっては、自分が常にクラブに対して感じてきたものを体現するものに感じられた。

重さ200kgの記念碑は、アンリがアーセナルにもたらした驚くべき226ゴールの中でも伝説的な、2002年11月のハイバリーでのスパーズ戦でのゴールを祝うポーズで、膝をついたスライディングで喜びを見せている。「これは僕がいかにアーセナルを愛しているかを示す完璧な例だよ。膝立ちをしてエミレーツ・スタジアムを向いてる - 僕のすぐ後ろ側にはハイバリー - とは驚きだよ」

※このトップ25ゴールの中では第5位がそのスパーズ戦のもの。

最初にこの名誉について聞かされた時にはからかわれているのだと感じた。125年の歴史を彩った偉大な選手たちを差し置いて?おい、冗談だろ?と代理人のダレン・ディーンに聞いたが、答はそうではなかった。

そして、会長のピーター・ヒルウッドが銅像を覆っていた赤い布を取り払うボタンを押すと、数百人の熱きファンたちが拍手と共に歌い始め、アンリの表情は子供のようなはにかみに変わった。確信を得るために、アンリは愛娘のティーを連れて、スタジアムの南東に立つその記念碑の周りを歩いてみた。

「僕はキャリアの中で様々なものを勝ち取る幸運に恵まれてきたけど、これはその中でもトップだ。現実なんだと思うと圧倒されそうだよ」ヒルウッドが、気に入ってくれたか、とすかさず聞くと、アンリは「ああ、もちろん」と会長に断言した。

もしかすると、アーセン・ヴェンゲルも認めるクラブ史上最も偉大で博識な監督だったチャップマンや驚くべきキャプテンだったアダムスと並び立つという超然たる事実が、アンリに涙を流させたのかもしれない。

しかし、34歳にしてアンリは現在もニューヨークでゴールを量産しており、マーティン・キーオンが先月、ローン加入で仕事ができるのではないかと語っていたくらいだ。生きた伝説となることについてアンリは次のように語った。「前にここまで感情的になったのはアーセナルを去ったときだった。涙が出たけど誰にも気付かれはしなかった。それでも僕はアーセナルを愛しているし試合も観る。負けるた時にはいつだって痛みを感じるよ。いつだって僕は自分の人生のクラブに戻ってくるさ。一番良いのはすべての偉大な選手たちの一部を集めてひとつの銅像にできることなんだけどね。選ばれたことは本当に名誉に感じているよ」

ヴェンゲルが群衆になぜアンリでなければならなかったのかを説明した。「彼のセンセーショナルなキャリアは単純にアンリ本人が持っていた違いによるものだ。彼には、選手であれば誰もが持ちたいと夢見るもの - フィジカル能力、技術レベル、優れた知性と献身 - の全てを持ち合わせていた。この世界で勝者となるために必要な全てを備えていたのだ」

そして、彼がモナコで最初にティーンエイジャーとして育て始めたアンリに向かってこう言った。「ティエリ、よくやったよ。おめでとう。君は本当にスペシャルだった」全くもってスペシャルだった。そしてスペシャルだっただけにいつの日かエミレーツに監督として戻ることがあるか、という疑問が湧いてくる。展望を聞かれたアンリは、ヴェンゲルの横で笑って答えた。「いつかはね。でもいつ彼が辞めるって言うんだい?」

ヴェンゲルも「まずは、彼を選手として見ようじゃないか。彼のキャリアは終わってないのだしね。しかし、私の下にいた多くの選手、例えばティエリやパトリック・ヴィエラには監督になる資質があると思っている、というべきだろう」と返した。

ヴェンゲルはアーセナルでアンリにコーチ修行をさせるだろうか?「もちろん。だが彼は急がないとね。私も決して若くはないから」その通りだ。そして、それはもうひとつの銅像がやがてこの3つに加わるはずであることを思い出させる。以前、ヴェンゲルの半身像が幹部向けの入口に作られた時、彼は「あれは誰だ?まるでもう死んだみたいだな」と語っていたことがある。

アンリはエミレーツのアーセン・ヴェンゲル・スタンドに座ることについては、「ああ、このエヴァートン戦で勝つためにね」と完璧な答えをヴェンゲルに返した。ヴェンゲルの銅像がアンリの横に並び立つ日はまだ先で良さそうだ。

++++

いい話。選手にとっても、心のクラブをこうして持てることは幸せなことだと思う。

Friday, December 9, 2011

ただいま最高潮のスパーズ

2回続けてのスパーズ関連。今回はアメリカの経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」に出てきたスパーズの好調ぶりに関する記事。こんなメディアにまで出てくる、ってくらい、今の好調さが際立っているのだと思う。前回のキングのインタビュー記事が内側からの洞察とすれば、これは外側からの目だけど、語られてる論点はメンバー固定のメリットとリスク。※記事は先週末のボルトン戦の前のもの。


++(以下、要訳)++

シーズンも4カ月目に入り、否定し難い驚くべきコンセプトがここにはある。トッテナム・ホットスパーは、プレミアリーグのタイトル挑戦者のペースに食らいついているだけではなく、彼ら自身がその一員となっているのだ。

いまトッテナムはイングランドで最も熱いチームだ。スパーズはここ10試合で9勝1分け、30ポイントのうち、実に28ポイントを稼ぎ出しているのだ。チームは現在1試合消化が少ないながら、マンチェスター・シティと7差、マンチェスター・ユナイテッドと2差の3位につけている。

伝統的なスタイルを採るハリー・レドナップと、両ウィングのスピードを活かしたワイドな戦い方で、スパーズは全てのクラブが2枚の快速ウィングを置いてタッチライン沿いを駆け上がり、相手ディフェンダーを舞うように交わしてエリアをクロスで切り裂いていた時代へと先祖返りをしている。

この驚くべき快進撃に、ファンたちもスパーズが史上初となるリーグ優勝とFAカップの2冠を成し遂げた栄光の1960年代と今のチームを並べているくらいだ。しかし、それは今のスパーズを古い時代になぞらえる唯一の理由というわけではない。スパーズの今季ここまでの台頭は、同様に古い哲学とも言える「勝っているチームをいじるな」という哲学によって成し遂げられている。

他のチームのスタメンの選び方など気にしない。プレミアリーグへのメンバー登録が締め切られた8月31日以来、トッテナムは10試合で15人の選手しか先発で起用しなかった。同じ期間で比較すると、スウォンジーと並んでリーグ最少の数字だ。全試合で先発したのは7人、1試合を除けば9人、というのは20チーム中最高の数字になる。対照的にマンチェスター・ユナイテッドは22人、チェルシーとアーセナルは20人を先発で起用している。

今はスピードと激しさが特徴の現代サッカーでは試合数も多く、強豪チームの多くにとってはローテーションの採用が最もトレンディな戦い方だ。そんな時代だけに、トッテナムが成し遂げていることは特筆すべきなのだ。

同じ11人を毎週土曜日に起用し続けて、チームをタイトルへと導くなどというのは、もはや古めかしささえ漂う戦い方であり、逆に革命的なものとしても通用しそうなくらいだ。レドナップは、「だからこそ、我々はいまリーグで上手くやっているんだ。そんなに沢山代えていたら難しいと思うね」と語っている。

勝ちチームを変えない、というのがいつも急進的な考え方だったわけではない。1981年にアストン・ヴィラがタイトルを勝ち取った時に、当時の指揮官ロン・サンダースはシーズンを通じて14人の選手しか起用しなかった。リバプールは1984-85シーズンにリーグとヨーロッパのカップを勝ち取るのに15人の選手しか必要としなかった。

しかし、時代が変わって年中連戦続きとなると、トップクラブの監督たちは皆おせっかいをするようになった。昨シーズンタイトルを勝ち取ったマンチェスター・ユナイテッドは、2試合続けて同じスタメンで臨んだのは僅かに4度だった。かつてリバプールを率いたラファエル・ベニテスは、99試合連続で異なるスタメンを並べた。

「どこであれトップチームにはメンバーが揃っていて、8人、9人、10人と選手を入れ替えることができる。シーズンは厳しいものだし、ごく普通のことだろう」と、今季既に19人をスタメンで起用しているマンチェスター・シティのロベルト・マンチーニは語る。

しかし、スパーズは安定したメンバーでも勝てると言うことを証明したといえる。スパーズはここ5試合を見てもスタメン変更は3人だけで、原因は全てケガだ。そしてメンバー選択でのこの継続性によって、輝かしい成績を現在残しているのだ。

レドリー・キングとユネス・カブールは中央の守備で強固な連係を見せており、過去10試合中9試合で共に先発、この間スパーズは僅かに7失点だ。ピッチの反対側では、ラファエル・ファン・デル・ファールトとエマニュエル・アデバヨルが2人で13ゴールを挙げ、中盤の軸となっているスコット・パーカーとルカ・モドリッチがスパーズのボール支配率に貢献している。

無論トッテナムの連勝には、単に同じメンバーをピッチに送り出していること以上の理由がある。そのうちの多くは、現在絶好調のギャレス・ベイルのパフォーマンスにあるだろう。このウェールズ人ウィングは、強さ、スピード、ワイドな位置からの正確なクロスによって、ヨーロッパのサッカー界で最も欲しがられる存在となっている。

加えて、スパーズは今季のチャンピオンリーグ出場を逃し、グループリーグ敗退寸前のヨーロッパリーグにはメンバーを落として臨んでいる。タイトルを狙う他のチームが週の半ばにヨーロッパの強豪と相まみえている間、トッテナムのスタメンの面々は毎週1試合ずつこなすだけで済んできた。

トッテナムが上昇傾向にあるとしても、これだけ少人数の選手に頼ってタイトル争いに残り続けられるか、という疑念はある。シーズンの疲れが積み上がり始めれば、ケガでカギとなるメンバーが出場できないケースも出てくるだろうし、その時に頼るのはそれまで出場時間の少ない選手だ。3-1で勝利したウェストブロミッジ戦では、モドリッチとファン・デル・ファールトを欠いたが、やはりそれまでの流暢なプレーは鳴りを潜めた。

そして10数人の選手だけが先発するとしたら、25人のメンバーの間での不満噴出をどう避けるのかという問題が出てくる。ウェストブロム戦では、ジャメイン・デフォーがファン・デル・ファールトの代わりにプレーしてスパーズの2点目を決めもしたが、彼自身、サブという立場を受け入れるのには難しさを感じていると語っている。

それでも、大半の選手たちはチームが勝ち続けている限りにおいて、ベンチにいることも受け入れると語っている。ディフェンダーのウィリアム・ギャラスはこう語った。「ウチには俺みたいに毎試合プレーしたと思ってる強力なメンバーが揃ってる。時に受け入れることは難しいし、挫折感も味わうが、やがてそれは受け入れるようになるんだ。より重要なことはチームが勝っているということだからな」

++++

記事の言う通り、ここにきてキングが欠場し始めてるのは気になるところだけど、そんな時に最後のところでコメントしてるギャラスが穴を埋めているのは心強い。年末年始の過密日程と未消化のエヴァートン戦をこなしたところでどの位置にいるか、楽しみなところ。

Wednesday, November 30, 2011

レドリー・キングが見据えるスパーズの新たな地平線

今回ピックアップしたのは、地元の復興に力を貸すスパーズのレドリー・キングが、地元の人々向けに講演した話から始まる「テレグラフ」紙のヘンリー・ウィンター氏の記事。少し前の記事なのだけど、スパーズというチームの描写に深みが出てて面白い。


++(以下、要訳)++

夏にロンドンで暴動が起きた時、それはまずトッテナムから始まり、より激しくなっていった。石油爆弾が投げ込まれ、略奪が横行し、警察が行く手を阻む期間が長く続いた。

その暗黒の8月以来、コミュニティのどのセクションも再建に忙しくしているが、それは街の中心でもあるトッテナム・ホットスパーも同じだ。

スパーズのキャプテンであるレドリー・キングは、「暴動はこのエリアに大きなダメージを与えたね。何の罪もない数多くの人々が影響を受けたんだ。クラブがここでそうした人へのサポートをするのは大事なことで、選手たちもコミュニティでできることをしているんだ。僕自身、地元だからね」

キングはピッチでそうであるのと同じように、周囲の手本となっている。トッテナム・ホットスパー基金とプレミアリーグ・グローバル起業家週間をサポートして、地元の人々が自ら起業するのを支援しているのだ。「新しいビジネスを始めてみよう、って話さ。困難に負けて諦めるんじゃなくて、それを跳ね返すのさ」そうキングは説明した。

起業家のアラン・シュガーのようになりたいと願ってホワイト・ハート・レーンの会議場に集まった聴衆たちに、キングはフットボールを例えに語りかけた。「業界」の特色や発見、チームとして働くこと。スパーズには間違いなくこれらの特性を見て取ることができる。

月曜日のアストン・ヴィラ戦を前に、ハリー・レドナップのチームはブラッド・フリーデルやスコット・パーカー、エマニュエル・アデバヨルといった抜け目なく補強された選手たちと共に活気に満ちていた。「ブラッドの経験には言葉で言い表せない価値がある。皆を落ち着かせられるんだ」キングはそう語った。

「スコットには驚かされるよ。この間フィットネスのコーチと、ある試合で俺の運動量が40%も落ちた話で冗談を言ってたんだ。俺は『そりゃスコットのせいだ』って言ったよ。アイツがヘトヘトになってピッチから下がってるのに、俺はピンピンしてたんだからな!」

「スコットは最高の形でディフェンスラインの4人を守ってくれるんだ。ダヴィド・シルバやロビン・ファンペルシはディフェンスと中盤の嫌な場所を狙ってプレーしてくるだろ?ディフェンダーにはやりづらいんだ。それでも俺が1、2秒時間を稼げれば、スコットはいつだって戻って来てくれて、俺がポジションを大きく崩す前にボールを奪いに行ってくれる。全然戻ってこない選手だっているけど、スコットは違うんだよ」

「それにスコットはロッカールームでも最高だよ。静かなヤツなんだけど、ヤツが話す時はみんな聞くんだ」

キングはアデバヨルに対しても同様の印象を持っている。「シティから来たとなれば、何か突っかかって来るのか、意気消沈してるかと思う人間もいるだろう。でもマヌは初日から凄くはしゃいでたんだ。トレーニングに来ればいつだって一生懸命だし、チームに活気をもたらしてくれるんだ」

スパーズのゴールが生まれるのはそこからだけではない。「30ヤードの距離なら、ジャメイン(デフォー)がイングランドで一番だね。ボールをちょっと動かしてズドンさ。深く考えてない時が一番良いんだよ。信じられないレベルのフィニッシャーだし、いつだってゴールを上げることだけを考えているからね」

「彼も29歳で年齢を重ねてきてるけど、子供みたいなんだ。トレーニングが終われば『さっきの俺のハットトリック見た?』なんて言ってきてね。自分がどれだけ凄いか示したいだけなんだけどさ」

スパーズは、デフォー、アデバヨル、ルカ・モドリッチ、ラファエル・ファン・デル・ファールト、ギャレス・ベイル、そしてアーロン・レノン、と皆攻める気持ちを持っている。

「トレーニングで彼らが小さなトライアングルでプレーするのを見れば、そこにあるのは試合で見るあのテンポさ。マヌ、ルカ、ファン・デル・ファールトのような選手とウィングのあの速さを考えれば、このメンバーは俺がトッテナムでプレーしてきた中でも最強だよ」

キングはクラブがモドリッチをチェルシーに奪われずにキープしたことに喜びを見せる。

「チームとしては、俺らが皆彼に残って欲しい、一緒に戦って最高のシーズンにしたいと思ってる、と伝えたよ。ルカは本当にいいヤツで、クラブの誰とも上手くやってるよ。凄く難しい立場にあったと思うけど、やるべきことに集中して最高のフットボールを見せている。もう終わったことだと思いたいけど、結局は僕らが今シーズンをどう戦うかに懸かってるんだ。良い選手がいれば、他のクラブへの噂話に巻き込まれるのは避けられないし、次はギャレスに同じことが起きると思っている」

「長距離だったらギャレスはクラブで一番の早さだよ。10mから15mの初速だったらアーロンの方が速いと思うけど、ギャレスほどコンスタントにペースを維持できる奴を見たことがないね。ピッチの長い距離を同じ速さで走り続けられるんだ。フットボーラーには稀有な能力だよ。普通は瞬間的だからね」

「ギャレスは俺が見てきた中で一番のアスリートさ。フィットしてるし、速くてあの左足は魔法だね。完璧な選手を作りたいと思えば、ギャレスがそこにかなり近いと思う」

「ウチには本物のスピードがあると思う。バックラインを見てみろよ。カイル(ウォーカー)、ユネス(カブール)にベノワ(アス・エコト)。俺が一番遅いな!昔は一番スピードがあったのに!カイルも最高のアスリートで素晴らしいディフェンダーだと思う。ポジション面でも随分改善してきてるしね。アイツは前に行くのが好きなんだよ」

「そういうタイプの選手に多いのは、逆サイドで待ってるだけ、ってパターンなんだけど、今季の彼は適切なポジションが取れている。カバーも凄く良いんだ。ユーロの頃には、イングランド代表のレギュラーになっていると思うね」

レドナップはこうした才能を見事にブレンドしている。「中には難しい性格で知られる選手もいるけど、彼らも皆ハリーのためにプレーできるのさ。ハリーは人の心を掴むのが本当に上手いね。ハリーはたまに俺達がいかに凄いかを思い出させてくれる。素晴らしいチームで、どんな相手にでも勝てるんだ、とね」

「俺達が8試合無敗をキープできてるのは、俺達には本当に良いメンバーが揃ってる、と信じられるようになったからさ。ベストメンバーが組んだら、どこにだって肩を並べられるはずだ」

レドナップはキングを上手に起用している。膝への負担を考慮してトレーニングを免除することもある。そしてキングはファビオ・カペッロも同様の理由で称賛する。

「ワールドカップでファビオとは素晴らしい関係を築けたと思う。ファビオは俺がトッテナムでしているのと同じようにさせてくれたんだ。別に隔離されたわけじゃなくて、話し合ったんだ。俺には本当に良くしてくれて、色々助けてくれようとしてね。ケガをしてしまったのは本当に不運だったけど、それはよくあることさ」

アメリカ戦でグロインを痛めたキングは、それ以来代表でプレーしていない。「俺にとっても代表にとっても難しい問題だよ。もちろん気持ちは今でも持っているけど、どんどん遠ざかってはいるね。代表について言えば、俺にはピッチで馴染む時間が必要だ。もし俺がジム通いでチームのみんなと一緒にいないのだったら、ますます難しい。ワールドカップでやってみたけど、タフな経験だった」

「毎試合ピッチに出ては、怪我をしなかったことに安心する。痛みは感じてないけど、いつも違和感と制約を感じながらプレーしているんだ。もうそれには慣れる方法を学んだけどね。そんなには走らないし、前にもできるだけ出ない。俺、ピラティスやってるんだ」

ケガに対する苛立ちは、ピッチ外での軽率な行動にもつながった。既に謝罪をしていることだが、2009年にはロンドンのナイトクラブで不祥事を起こしている。

「この4年間は人生の中でも一番の試練の期間だった。落ち込んだよ。誰もがするように、俺だって過ちを犯した。ネガティブなことがこの4年間に起こっていて、それらは普段の練習ができずに、チームのみんなといられなかったことも原因だった。俺は強くならなきゃいけなかった」

31歳となったキングは、息子のコビーが草サッカーをしたがることに当惑することがある。

「時には膝に負担をかけられないから一緒にできない、と言うこともある。俺がゴールキーパーを務めることもね。息子は分かってくれるよ。この膝と共に育ったようなものだからね。俺のことを誇りに思ってくれてると思うし、俺がプレーしてたことを忘れないように、できるだけ長くプレーしたいと思っているよ」

「アイツ、俺にレノンのシャツをくれって言ってきたんだ。あげようかどうか迷ったね。キングのシャツは既に大量に持ってるよ。フットボールが大好きなんだ。トッテナムと同じくらいマンチェスター・ユナイテッドが好きなんだけどね…」

スパーズ一筋のキングも契約が来年の夏で切れるが、本人はここで続けたいと考えている。

「来シーズンだってプレーできるさ。どんな選手だって、自分の体のことは分かってるし、いつが辞め時かも理解している。俺の場合はそれはまだ、ってことさ。コーチの講習は受けてるけどね」

「バルセロナがトレーニングをしているのを見るのは楽しいよ。自分のプラスになるからね。もちろん、いつの日か監督かコーチになってみたいと思っている。でも俺にはまだまだこなせる試合が残ってるからね」

++++

ということで、チームメイトのことから自分のことまで、幅広くキングが語った記事。こんな選手がキャプテンやっててくれるのは嬉しいし、何より今シーズンはちゃんと試合に出て、しっかり守備を締めてくれている。来シーズン以降もドーンと構えてて欲しいところ。

Saturday, November 26, 2011

道を誤ったチェルシーに降りかかる危機

ホームでアーセナル、リバプールに連敗、不安定なディフェンスと噛み合わない戦術からチェルシーのアンドレ・ヴィラス・ボアスに吹き付ける逆風が一気に強まっている印象。これを「テレグラフ」紙のジェイソン・バート記者が各ポイントごとに指摘。さて、アブラノビッチの思いは…。


++(以下、要訳)++

不発気味のストライカーに規律の無さ、監督交代、チームの高齢化。チェルシーは下降期に直面していて、ここ7試合で4敗を喫している。


チーム

チェルシーは高齢化している。言い方を変えるなら、依然としてチームの核を30歳を超えるベテランに依存していて、その中には急速な衰えを見せている選手もいる。そして、それはモウリーニョ時代に「アンタッチャブル」で、今もチームに残って根幹を形成している選手たちに起きているのだ。

彼らは、当時以来そのままクラブに残っているが、時間の経過は世代と共に進み、アシュリー・コールやペトル・チェフにも衰えは出始めているのだ。例えば、存在感を下げているフランク・ランパードをどう使っていくか、出ていくであろうニコラ・アネルカやディディエ・ドログバの場合はどうか、そういう問題だ。

問題のひとつは、30代の選手たちが依然として大型契約で居座っていることだ。彼らはロンドンが大好きで、それを変えるのが難しいことはこの夏に実証済みだ。

ティボ・クルトワ、オリオール・ロメウ、ロメル・ルカクといった若い選手たちが加入し、監督はプロセスを加速させることを求められている。しかし、このうち何人がトップで通用するだろうか?この問題はカルロ・アンチェロッティが指摘した点で、23~27歳という世代に主力選手がいないことを個人的に懸念していた。

チェルシーは、フェルナンド・トーレスやダヴィド・ルイスの獲得によってこのギャップを埋めようとしたもの、今のところ機能してるとは言えず、ルカ・モドリッチやアルバロ・ペレイラについては獲得に失敗した。ベテランへの依存度を下げるには、この冬と来夏にまたトライする必要がある。


フェルナンド・トーレス

チェルシーの問題点を議論する時にトーレス個人を上げるのはアンフェアに感じられるが、彼の苦悩と5,000万ポンドの値札がクラブへのインパクトに直結し、ヴィラス・ボアスの首すら左右しかねない状況だ。同時に、クラブの無計画さをそのまま示してもいる。

ロマン・アブラモビッチは、それほど長くフェルナンド・トーレスを追っていたわけではなく、失敗を派手に帳消しにするために、あれだけの大金をつぎ込んだのだ。チェルシーの監督を誰が務めるにせよ、このスペイン人ストライカーのベストを引き出さねばならず、少なくともその努力をしなければならない。

フアン・マタがやって来て、彼が活きる形のフットボールを展開し始めてはいるものの、トーレスは未だに居心地悪そうに見える。トーレスに合わせるというのは、チェルシーの取っては磨耗の大きいプロセスで、トーレスの調子が監督の未来を左右してしまうのだ。


移籍

金を使ってくれない、とアブラモビッチを責める者はチェルシーにはいないだろう。しかし、アプローチはしばしば場当たり的で、お祭りだったり大飢饉だったり不可解なものだ。むしろ、クラブの真ん中に、戦略の重大な欠陥があるのだろう。そして、クラウディオ・ラニエリの時代以来、一体誰がどういう理由で選手を獲得しているのか、良く分からないのだ。

確かにヴィラス・ボアスには前任者よりも強い権限があると言われているが、結果的には優柔不断のレッテルを貼られているし、そもそもこれまでチェルシーには、アブラモビッチ買収時のティエリ・アンリに始まり、この夏のルカ・モドリッチに至るまで、本命を獲得できないという認めたくない現実がある。


規律

今季のチェルシーは、イエローカードとレッドカードで苦しんでいる。昨季はリーグで4番目にクリーンなチームだった(イエローとレッド計59枚)が、今季は5枚のレッドカードを含め、最もダーティーなクラブとなってしまった。そして、ヴィラス・ボアス自身も、レフェリーについてのコメントでFAから罰則を受け、それに抗議しているところだ。


戦術

当時のCEOだったピーター・ケニオンが言ってから誰もが知るように、アブラモビッチは、ペナルティエリアの角からのスペクタクルなボレーシュートが決まって5-0で勝つような、ファンタジー溢れるフットボールを観たがっている。

アブラモビッチはスリルとゴール、トロフィーを望んでいる。モウリーニョが勝っている間は彼を気に入っていたが、トロフィーを勝ち取れなくなると、フットボールが仰々しいものになった。

ヴィラス・ボアスが持ち込んだのは、まったく新しい一面だ。しかし、これまでのところ、彼は「新しい」エキサイティングな何かを築くのに必要な骨格を作れていない。彼は守備陣に、より厳しいプレスとボールを奪ってのカウンター攻撃をするために高いラインを敷くように要求している。

その結果、これまで12試合で17失点、アラン・ハンセンには「ナイーブ」との批判を受け、これを続けられるのか、疑問符を付けられた。今のところ、ヴィラス・ボアスはそれを続けている。


監督

弱冠34歳、ヴィラス・ボアスは、アブラモビッチが魅力に感じるであろう監督の基準を満たしている。彼は昨季ポルトで全てを勝ち取り、新しいモウリーニョのようだった。ただ、自信の持ち方は共通していても、気性やアプローチは異なっている。

アブラモビッチが望んでいたのは、勝者のメンタリティを持ちつつ、対立的な側面が薄らいだモウリーニョであり、その気持ちから、来夏まで待てばフリーであったにも関わらず、ヴィラス・ボアスを監督として引き抜くために1,330万ポンドの違約金を支払ったのだ。

ヴィラス・ボアスには厳しい職業倫理がある。時に練習場で眠るほど良く働き、完璧な英語を話し、優れたコミュニケーターとして選手たちとも「良好な関係」を築いている。と同時に、彼が取るのはバルセロナのペップ・グァルディオラをモデルにした単一のアプローチであり、また常に几帳面なほどにフェアに見られようとしている。考えてみれば、全ての決断が選手たちに説明されてきたわけではなく、何人かの選手たちは良い気分ではないようだ。


オーナー

アブラモビッチ体制下で成功できる監督はいるだろうか?いや、長く成功できる監督はいるだろうか?彼は、誰とでも上手くやっているかと思えば、長期間不在になり、時には異常にクラブに厳しく関わってくる。

判断はしばしば迅速に下される。

朝起きた時に、単純に変化が必要だ、と考えることもあるだろう。周囲の人間たちともすぐに仲良くなったと思えば対立し、驚くほどグループの仲間に影響されたりもする。

アブラモビッチの「黄金のサークル」が全てを握っている限り、アブラモビッチのチームの監督が誰であれ、その監督の助けにはならないだろう。

++++

開幕前にスパーズがトップ4に返り咲くにはどうなれば良いのだろうと考えていた時に、一番イメージしやすかったのが、チェルシーがコケることだった。やっぱ新監督って難しいのよね。

Saturday, November 12, 2011

サー・アレックス・ファーガソンが四半世紀で築き上げたもの

アレックス・ファーガソンの就任25周年については多くの記事が出た。今回選んだのは、「テレグラフ」紙のヘンリー・ウィンター記者によるもの。ウィンター氏は今回、このメインの記事だけでなく、データや過去の名試合の特集などにも関わっていて、思い入れも強いのかもしれないと感じた。しかし25年、本当に凄い。


++(以下、要訳)++

25年の時を経た今でさえ、サー・アレックス・ファーガソンは屈辱を忘れてはいない。37のトロフィーを獲っても記憶には残るのだ。

「もちろん最初の日のことは憶えている。我々は負けたんだ、0-2でね」

オックスフォード・ユナイテッド戦の敗戦は、ファーガソンが1986年の11月6日にマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任してほどなく訪れた。当時のチームは、現在の格調には程遠かった。

ファーガソンはこの時、「なんてこった。私はこの仕事を求めていたんだ」とつぶやいた。

それが、ファーガソンの最初の敗北に対する決意であり、この後、チームに蔓延していた酒飲みの習慣を改めてフィットネスを上げ、スティーブ・ブルースのようなリーダーを連れてきて、ベッカム世代のような自家育成に着手した。それらは皆、現在の彼が勝ちとった地位へとつながって行った。

指揮を執った1,409試合のうち、勝ったのが843、引き分けが314、敗戦は252、2,578ゴールを決め、失点は1,189だ。

彼のライバルたちを悩ませるのは、彼がまだまだ健在で引退する気配もないことだ。彼は次の世代、次の25年のために熱心に働いている。

カーリントンのアカデミーのビルの椅子に腰かけながら、ファーガソンはティーンエイジャーだったデイビッド・ベッカムやライアン・ギッグス、ニッキー・バット、ポール・スコールズらの写真に目をやった。そこにはロビー・サヴェージすらいた。サヴェージはトップに上がれなかったが、この若き収穫物たちは、ファーガソンのために重要な働きをして見せた。

「一回きりのものだったか?答はノーだ。これはまた起きるもので、マンチェスター・ユナイテッドにはひとサイクル分の人材しかいないとは考えられないだろう。我々は常に夢を追い続けるし、この先何度でもそれを実現する。そうしなければいけないんだよ」

「アカデミーがあるべき姿になれば、また一度に5、6人上がってくることだってあるだろう。その意味では前進が見られる。2011年という時代に、オールド・トラフォードから1時間~1時間半以内の場所の少年しか指導できないなんてバカげた話だ。実にバカげている。バルセロナを見てみろ。中国から一人、日本からも一人、アカデミーに連れてきた。それが全てを物語っている」

若き才能の荒野の中で、ファーガソンは今も黄金を探し続けている。今もひとつの宝石、まだ原石のラヴェル・モリソンがいる。モリソンは才能溢れる選手だが、我儘なキャラクターが成長を妨げてもきた。

彼を一人前に仕立てられるのはファーガソンしかいないだろう。選手たちはみな彼のオーラにインスパイアされ、彼のためにプレーしたいと考えるのだ。

中には彼の申し出を断った面々もいる。グレン・ヒーセン、ポール・ガスコイン、ジョン・バーンズ、アラン・シアラーそしてウェスリー・スナイデルがこれにあたり、ファーガソン自身も移籍市場では過ちを犯してきた。

期待外れに終わったエリック・ジェンバ・ジェンバのような選手がいる一方で、ピーター・シュマイケルを50万ポンド、エリック・カントナを100万ポンド、クリスティアーノ・ロナウドを1,200万ポンド(売値は8,000万ポンドだった)、スティーブ・ブルースにしても80万ポンドで連れてきた。

土曜日にサンダーランドを率いてオールド・トラフォードに戻るスティーブ・ブルースは、ファーガソンにノリッジから引き抜いたこのセンターバックがいかに重要な役割を果たしたかを思い出させるだろう。

「スティーブがメディカル・チェックを受けた時、ドクターは彼を通すか迷っていた。私はリザーブチームを見ながらその結果を待っていたが、やがてマーティン・エドワーズがディレクターズ・ボックスにやってきて『アイツの膝は思ったより悪いぞ』と言ってきた」

「私は『頼むよ。アイツは5年間休まずプレーできてたはずだ』と言ったんだ。時にこうしたメディカルチェックの結果は無視すべき時もあるんだ」

ブルースはリーダーであり、チームメイトに最高のパフォーマンスを求め続けたが、厳しい逆境の風が吹くこともしばしばあった。それでも、ブルースにとって痛みとは敗者のコンセプトだった。

「彼はよく膝をケガしたままプレーしてたし、リバプールに試合に行った時には前の週にハムストリングをやっていた。練習場で金曜日にチームのメンバーを決めようという時に、あいつが駆け寄って来て言うんだ、『大丈夫だから』とね」

「私は『バカを言うんじゃない。どう考えてもそれじゃ無理だろう』と言っても、彼は『こんなの平気です。気にしないでください、プレーしますから』と言って、結局そのアンフィールドでのリバプール戦はハムストリングのケガを抱えたままプレーした。本当に驚きだった。そういうキャラクターが、他のメンバーよりも彼を際立たせるんだよ」

ファーガソンはこうした強烈なキャラクターを尊重した。後に、ファーガソンはサー・ボビー・ロブソンを監督のアイコンとして持ち上げるようになるが、これはロブソンのフットボールへの情熱からだ。

「フットボールに注ぐ愛情を見れば、ボビーが実に素晴らしい人間であることが分かる。長い間健康に問題を抱えながら、それが彼を止めることは無かった。ガンによる発作も何度かあったしね。大抵の人はそれを克服して安らかな生活が送れれば満足だが、ボビーは最後の最後まで監督業の現場に戻りたがっていた」

「ニューカッスルでの仕事が終わっても、彼は現場に戻りたいと思っていたが、その情熱は信じられないほどで、天賦の才とも言える。みんな、70になってもあの情熱を持って努力するのが簡単でないことを分かっていないと思う」

来月70歳を迎えるファーガソンは、その意欲を失ってはいない。彼は心臓の手術を終えたばかりの64歳のハリー・レドナップを称賛している。「何試合か勝ってるうちにすっかり元気になって、また鼻歌でも歌ってるさ。心配することはない」と笑った。「私は健康に恵まれたと思っているし、長年に渡って幸運だった。いつだってエネルギーに満ち溢れてるというのは、監督として重要なことだ」

記者としてこれまで何度となくインタビューをしてきて、ファーガソンのエネルギッシュさには驚くばかりだった。5つの小さな思い出のスナップショットが、様々な色合いを持つこの男のちょっとしたイメージを描き出せよう。

1つ目、マンチェスター空港の駐車場から一緒に歩いていた時。あとでイーベイで売るためのサインをねらう中年の男たちの集団に近づくと、歩くペースが上がるのが分かった。ファーガソンは走らんばかりの早さで彼らを振り切った。彼らはこれで金を稼ぐことはできなかっただろう。ノーチャンスだ。

2つ目、1999年にライアン・ギッグスのアーセナル戦でのスラロームのような華麗なドリブルについて話していた時。FAカップ準決勝再試合でのこのゴールを、彼は興奮しながらディエゴ・マラドーナのイングランド戦のドリブルになぞらえた。ファーガソンがフットボールの魔法使いに抱く愛情はいつだって輝いていた。


3つ目、本の前書きについて議論するために朝7時に電話を貰った時。仕事に行こうとバタバタしてる時に、ファーガソンの電話と雲雀のさえずりのゴールは写真判定モノだった。

4つ目、子供たちと行くためにグラスゴーでお勧めの博物館を3つ尋ねた時。ファーガソンはそのうち2つに寄付をしていた。フットボールに限らず、彼の好奇心は無限大だ。

5つ目、メスタージャでキックオフ90分前にアウェー側ロッカールームの外で出くわした時。「先発メンバーを当ててみろ」と挑戦された。8つしか当てられず、「俺の気持ちを読もうなんて向こう見ず」と散々バカにされた。

ファーガソンは複雑だ。彼はレフェリーを信じ、メディアは彼の失墜を書き立てるが、それでも何かあれば彼らが一番に電話をするのもファーガソンだ。彼は怒りっぽく、気前がよく、頑固で愛想がよい。総じて言うならば、彼は勝利者なのだ。

リバプールからリーズ・ユナイテッド、ブラックバーン・ローバーズ、そしてアーセナルとチェルシー、マンチェスター・シティ。この25年に受けてきた挑戦の数々を振り返って熟考しながらファーガソンは肩をすくめた。

「ここにいれば挑戦はいつだってある。誰を相手にしているかの問題ではない」

かかって来い。ファーガソンは十分に話した。

「よし、またな」彼はそう言って立ち上がった。トレーニングの時間だ。勝ち取るべきトロフィーもまだある。あの日オックスフォードに流れたブルースの余韻は今も残っている。

++++

ファーガソンのインタビューはいつも聞きとるのが大変。
このサンダーランド戦の前の会見では、あまり自分を褒めないファーガソンが「おとぎ話のようだ」と語って、普段彼の言葉を聞くメディアを驚かせたというけど、25年を振り返ってそう言えることを成し遂げたんだから、ある意味重みのあるおとぎ話だよな。

Tuesday, November 1, 2011

リールでの生活を謳歌するジョー・コール

移籍市場の締切間際にリバプールからフランスのリールにローン移籍したジョー・コールは、リーグ・アンとチャンピオンズリーグでの活躍でイングランド代表に返り咲くことを夢見ている。一時はロンドンからの電車通勤が噂されたが、本人はしっかりとフランスに根を下ろして新しい生活を満喫している様子。チャンピオンズリーグでは、かつての指揮官でもあるクラウディオ・ラニエリが率いるインテルとの対戦を控えている。


++(以下、要訳)++

ジョー・コールはフランスに移り、生きる喜びを再発見して人生を謳歌している。それは学校に通ってフランス語を学ぶ気になるほど充実したものだ。この日の午後はトレーニングがあり、その後、彼と妻のカーリーは学生時代以来のフランス語のレッスンに通っている。

「こっちに来てからなかなか落ち着かなかったけど、ゆっくりだけど少しずつ慣れてきてるよ。学校通いもそのひとつさ。時間がある時にいはカフェに座って『レキップ』(フランスの新聞)を読んでるんだ。綺麗な街でね。何を期待したら良いのか分からずに来たけど、ここでの生活は悪くないよ。ここでは『北フランスに来たら人は泣く。しかし、そこを去る時にはいっそう泣く』って諺があるくらい、みんなこの場所と仲間意識を愛してるんだ。良かったと思うね」

コールがここまでポジティブでいるのを見るのは新鮮だ。この29歳のキャリアは航路を外れたかのように見えた。チェルシーとの契約が2010年に切れた時には、南アフリカで不名誉なワールドカップを戦うイングランド代表の一員に何とか踏みとどまっていた。リバプールへの移籍金無しでの移籍はキャリアを蘇らせるきっかけになるはずで、当初はリバプールに馴染むかに見えた。しかし、退場や数々の小さなケガ、監督の交代や経営陣の混乱が次第に彼を蚊帳の外へと追いやって行った。しかし本当の驚きは、それが代表クラスとしては22年前にクリス・ワドルがマルセイユに移籍した時以来となるリーグ・アンへのクラブへのローン移籍へとつながったことだった。

リールでプレーした国内リーグの数試合で、コールは既に称賛を浴びている。このインタビューの最中も、サインを求める多くの人々が我々の会話を遮り、「サンキュー」も言わずに去っていく。シミー(ダンスの一種)とダーツ、交代出場でデビューしたサンテティエンヌ戦のアシストが、コールのリズムを作り出している。それが本格化したのは、25ヤードのシュートでロリアンのファビアン・オダールを抜いた時だった。チームは潤沢な資金で大型補強をしたパリ・サンジェルマンから6ポイント差の3位、火曜日にはチェルシー時代のコールの指揮官だったクラウディオ・ラニエリ率いるインテルとチャンピオンズリーグで対戦する。リールはヨーロッパで最もテクニックに秀でたリーグのひとつであるリーグ・アンで輝き、来年の夏には55,000人収容のスタジアムに居を移すクラブである。コールが運が自分に向いてきたと感じるには理由があるのだ。



「イングランド人が海外に行くと言うと、ビールを10パイント飲んでカラオケを壊しているイメージだろうが、フットボールとは関係なく、僕と妻にとっては違う国に住むチャンスだった。僕はカムデン・タウン(ロンドン北部)の出身で、フランスに住んだり、フランスでフットボールをする機会に恵まれるとは夢にも思わなかった。イングランドの選手には海外に行かない、とネガティブなイメージがある。僕は自分がその認識を変える助けになれると思いたいね。自分を試しているようなものさ。僕は多くの外国人がイングランドにやってきて皆と交わり、チームメイトと夜な夜な出かけてイングランドのメンタリティに馴染んでいったのを見てきたし、逆にためらいがちだったり、シャイで苦しむ奴らもね。だから、僕もできるだけ自分から溶け込もうとして
そのひとつ。水晶玉で未来を予期でいていたら、学生の頃のフランス語の授業をもっと頑張ったけど、その頃は単に興味がなかった。今はセロから始めてるようなものさ。ミシェル・トーマスのオーディオ・ブックを聞いて、毎週クラスでのレッスンにも行ってるよ。自分でコーヒーや水くらいはオーダーできるし、小さなことを少しずつ覚えているところだね。今日は。『練習は何時から?』ってチームメイトに聞いて『午後からだよ』と教わった。そういうところからね」

「9カ月で流暢に話すのは難しいだろうけど、うまくやって行きたいんだ。すこし大きな文脈で考える必要があるね。ウェストハムではリチャード・ガルシアと育ったけど、彼は15歳でオーストラリアからイングランドにやってきた。それは本当に国を出る、ということだ。僕のキャリアは、と言えば、東ロンドンから西ロンドン、そしてリバプール。今だってユーロスターに乗ればすぐにロンドンに行ける。まぁ、もうイングランドに家は無いし、滅多にしないけどね。時に自分の地平線を拡げる必要があるってことさ。今までと違う経験をしてね。この間、初めてカエルの足を食べたけど、脂の乗ったチキンみたいで本当に美味しかった。素晴らしいよ。街の真ん中に店があるから行ってみなよ」

そう含み笑いで言ったが、コールはこうして新しい生活にピッチの内外で挑戦している。いまリールで見せているプレーは、彼の才能を垣間見せているだけだったのかもしれないとリバプールのファンを苛立たせるかもしれない。

「単に十分なプレーができなかったんだ。退場になったし、戻ってきてもチームはロイと共に難しい時期にあった。戦術も僕には合わなかったしね。ロイは凄く難しい仕事に直面してたし、彼を批判しようとは思わない。でも、チームのプレーが良くなければ、最初に外されるのは若い選手や感覚でプレーする選手なのさ。そういうものなんだ」

「監督がケニーに代わってからは、僕がケガをしている間にチームが固まっていた。ウェストハムやチェルシーにいた頃はパッと入ってすぐにインパクトを残して、そのままチームに居座れた。リバプールではまた若手の一人に戻った感覚で、チャンスを掴むにはいつも何か特別なことをする必要があった。そしてそれが起こることは無かった。リバプールが好きだし、誰を批判するつもりもない。クラブの考えがあることも分かるよ。でも、僕はここにきて再びプレーする必要があった。今まで、選手が新しい国に来れば慣れるのには時間が掛かった。ルイス・スアレスみたいにすぐにインパクトを残せるのは稀だよ。僕には慣れている時間は無い。4年契約で来たわけじゃなく、ここに9ヶ月の予定で来た」

インパクトのあるデビューは、レフェリーがプレミアリーグよりも選手を守るリーグ・アンが彼に向いていることを示唆している。試合のペースも大慌てというよりは正確だ。リュディ・ガルシア率いる攻撃的なリールはコールにも合っているし、彼の横には才能溢れるエデン・アザールもいる。唯一ショッキングだったことと言えば、自分のスパイクを自分で磨く必要があったことだ。「イングランドじゃ一度プロになったら全部放ったらかしさ」とコールは語る。「国内の試合は、戦術的にはチャンピオンズリーグの試合をやってる感じだよ。今まで対戦した相手は、みんなしっかりしたフットボールをプレーしようとするし、ヨーロッパのレフェリーはテクニカルな選手を輝かせようとしてくれるね」

「アタッキング・サードまで行けばディフェンスもしっかり詰めてくるし、テンポは変わらない。でも、いったん引けば我慢強くビルドアップする時間もある。クレバーに動く必要があるよ。今まで必要のない動きも沢山してきたし、プレミアリーグじゃサイドバックにプレッシャーを掛けにも行ってた。イングランドじゃ、「前から行け」って後ろから叫び声がするからね。でも、ここでそうやって後ろを見てみると、「何やってんだ、力を残しておけ」って言われるんだ。学んでる最中だけど、これは予想していたことさ。学ぶのをやめたらプレーする意味は無いからね。マスターした気になるかもしれないけど、フットボールをマスターした奴なんて一人もいないよ」

この序盤の高まりを維持できるなら、フランスでの長い将来が訪れ、ワドルと並ぶカルト的な人気を勝ち取るかもしれない。リーグの上位とヨーロッパでの活躍が、ファビオ・カペッロにあのドイツ戦で今のところ最後となる56キャップ目を刻んだ選手がいることを思い出させることは確かだ。「代表でのプレーは懐かしいよ。10年レギュラーを張ってきて、そこにいるのが当たり枚に感じていたのかもしれない。いまこうして1年も呼ばれなくなって、11月には30歳になる。若手もどんどん入ってきているから、まだ僕のことを見てくれてるのかな、って気にはなるよね」

「気付いてもらえたらいいと思ってるよ。イングランドの人々の多くは、何で僕がフランスに来たのか不思議に思っているし、きっと忘れてしまうだろう。まだ完全には終わってないと思ってくれているかもしれない。彼らが間違っていることを証明したいわけじゃないんだ。それは誤ったモチベーションだよ。でも、僕は自分がまだトップクラスの選手だと証明したい。今の環境ならそれができると思ってるんだ。この間、ジョン・テリーが、僕と南アフリカでサメと泳ぎに行きたがった、って話をしていたのを見たよ。カゴに入ってるんだよ、もちろん。結局ダメって言われたけど、僕はそうして違ったことを試してみたいんだ。サメと泳いだりね。フランスに住むってのもそういうことさ」

このイングランド人は、海外ですっかり我が家の気分を味わっている。

++++

ロンドンに住んでた頃、他の留学生と「地元の奴らはチャレンジしないよな。旅行に行っても結局フィッシュ・アンド・チップかマクドナルド探してるし」って話してたのを思い出した。僕らが思ってる以上に内向き志向なんだよな。

Wednesday, October 26, 2011

オールド・トラフォードの午後から分かったこと

衝撃的な結果となったオールド・トラフォードでのマンチェスター・ダービー。「この試合から分かった5つのこと」をさっそくコラムとして「テレグラフ」紙にアップしたのはアーセナルのOBでスカイの実況解説者としても知られるアラン・スミス氏。しかしこの記事の写真のマンチーニの表情…。


++(以下、要訳)++

1. マンチーニは良いメンバーを選択した

このダービーに向けて、ロベルト・マンチーニはいくつかのアプローチを取ることができた。トップにエディン・ジェコを置き、ジェームス・ミルナーの代わりにサミ・ナスリを使うこともできた。そして、マイカ・リチャーズでなく、パブロ・サバレタで守備を厚くすることもできただろう。しかしそうはしなかった。マンチーニは自分の本能を信じ、それが正しいことが証明された。ミルナーとリチャーズは出色の出来だった。そして、無鉄砲なマリオ・バロテッリについて言えば、指揮官の信頼に応えるのにこれ以上はできないほどだった。


2. サー・アレックス・ファーガソンも人間だ

ここで言っているのはメンバーの選択のことだ。中盤が強力な相手に対して備えをしないのは珍しいことだったからだ。シティは、ダヴィド・シルバが中に流れてくると、ミルナーも同様にギャレス・バリーとヤヤ・トゥーレに加わる。結果的にアンデルソンとダレン・フレッチャーは対処できなくなるだけだ。ユナイテッドはエヴァンスが退場になる前から数的にも完全にシティに裏をかかれていた。


3. ユナイテッドのディフェンスには安定感が必要だ

彼らにはネマヤ・ヴィディッチと固定されたパートナーが必要だ。ユナイテッドがケガで台所事情が苦しいことは理解しているが、ジョニー・エヴァンスはそのレベルにはまだ少々足りていないことを露呈した。バロテッリを止めるには、ああしてファウルをせずにもっと気を利かせる必要があった。あれではレフェリーは退場させざるを得ない。あれは起こしてはいけないミスだったし、強力なセンターバックがいる守備陣なら犯さない類のものだ。


4. 選手層の厚さ

シティにはユナイテッドを上回る選手層がある。大げさな言い方はすべきではなく、今日の試合はひとつの結果に過ぎない。シティはまず、覇権の移行が正しい焦点を当てられる前に、彼らが一体どこまで行けるのかを証明する必要があるだろう。それでもなお、シティが手にしている戦力に注目すれば、ジョー・ハート、ヴァンサン・コンパニ、ヤヤ・トゥーレ、シルバ、ナスリにセルヒオ・アグエロ、誰がユナイテッドに行ってもポジションを奪えるはずだ。同意するしないに関わらず、選手層というのはそうした側面から議論されるべきだ。


5. ついにやってきたシティ

彼らは本物のタイトル挑戦者だ。これまで我々は散々疑問の目を向けてきたが、この勝利はそれを打ち砕いて見せた。もはや誰もマンチーニのチームに十分なメンバーが揃い、ユナイテッドやチェルシーを押しのけるのに十分なレベルにあることに疑いは持てない。重要なことは、自信がその屋根を突き破って舞い上がったことだ。最初の15分間、シティは自分たちに確信を持てないプレーをしていたが、もはやそれさえ歴史とみなされるべきだ。

++++

…というコラムをアップしてすぐに、このスミス氏はユナイテッドが抱える懸念を3つに分けて解説している。「中盤」「センターバック」「サイドバック」の3ヶ所が議論のポイント。


++(以下、要訳)++

マンチェスター・ユナイテッドの破綻の原因は、中盤とディフェンスにある。


中盤

ファーガソンが選んだスタメンには非常に驚いた。相手が中盤を厚くしてくる場合には、通常自分たちの形を変えて数的不利に陥らないようにするからだ。過去のアーセナルやチェルシーとの対戦を思い出せば、両チームとも3人を中盤に置いていた。

ユナイテッドは4-4-2にこだわるケースというのはあまり多くなく、ヨーロッパの舞台でそうすることが多いように、4-3-3を採用してパク・チソンを入れ、彼の運動量と規律で中盤を堅く締めてくるのだ。

それが毎回必ずしも機能するわけではないにしろ、少なくともこの日のようにダレン・フレッチャーとアンデルソンが救いようなく人数で圧倒され、シティに出し抜かれ続けることは無かったはずだ。ダヴィド・シルバとジェームス・ミルナーは中に入り続けてギャレス・バリーとヤヤ・トゥーレに加勢し、フレッチャーとアンデルソンの裏のスペースを突き続けた。

シティの4人の中盤は遥かに綿密なゲームを挑んでいた。序盤こそ不安定であったが、やがて試合を支配すべきポジションを見つけた。シンプルに聞こえるかもしれないが、これを実現するには自分が前に出る脅威を持ちつつ、ウィングを動かせるような強力なサイドバックが必要だ。

この日、マイカ・リチャーズとガエル・クリシーはそれを最高の形でやってのけた。アシュリー・ヤングとナニはサイドに張り続けていたが、開始後しばらくの良い時間以降はシティを押し込めなくなってしまった。

無論中盤の質も問題となる。ユナイテッドの中盤にはシティのシルバのようなレベルの創造性が必要だ。


センターバック

ケガが主たる原因ではあるが、ファーガソンのディフェンスラインには継続性が欠けている。開幕のウェストブロム戦でリオ・ファーディナンドとネマヤ・ヴィディッチの両方が負傷して以降、6種類の異なるペアがセンターバックに起用されている。右サイドバックにしても4人だ。

こんなディフェンスの回し方はできない。本人が悪いわけではないが、フォーディナンドが一番の問題だ。衰えが出始める年齢に到達し、この燃費の良かった32歳も毎試合はプレーできない。結果的にファーガソンは数週間ごとに他をあたらなければいけなくなっている。

ファーガソン本人は、ファーディナンドの経験を捨て去るのは惜しいが、同時にセンターバックのポジションを入れ替え続けることもしたくない、という微妙な気持ちを抱いている。週末の試合にヴィディッチは間に合うだろう。もしかすると、フィル・ジョーンズかクリス・スモーリングにキャプテンの横でプレーする機会を与える時なのかもしれない。

なぜならば、長期的にはジョーンズもスモーリングも、シティ戦で基準に達していないところ見せたジョニー・エヴァンスよりは確かな選択になるはずだからだ。退場の場面、エヴァンスのポジショニングが悪かったわけではないが、セルヒオ・アグエロのスルーパスへの反応は遅過ぎ、マリオ・バロテッリを追うのにも誤った方向に反転していた。

このミスは避けられるものであったことが、代償の手痛さを倍増させる結果となった。


両サイドバック

残り10分でスコアは1-3。エヴラと代役で右サイドバックに入ったダレン・フレッチャーは前へ出続け、ファーガソンを当惑させていた。敗れるとしても戦い続ける、と言ってもそこには限界がある。

時には守備に専念し、脅威を取りはらう必要があるのだ。特にエヴラについては、今季その面では素晴らしい出来とは言い難い。ポジショニングで勝負するタイプではないが、普段はスピードと技術で十分凌いできた。

しかしながら、最近のエヴラは脆さを露呈し始め、この日も3ゴールは彼のサイドを破られて生まれている。これをユナイテッド他の問題と重ね合わせれば、今季のプレミアリーグでユナイテッドが他のどのチームよりも被シュート数が多いという事実にはさほど驚かないだろう。

++++

2本のコラムを並べたから若干の重複はあるけど、他の評論家も含めて、ユナイテッドのスタメンの中盤の並びに疑問を呈する意見は多い気がする。ま、後からは何とでも言えるんだけど、実際シティの2トップを予想するメディアは少なかったし、ユナイテッドが対処できなかったのも事実なんだろうな。でも、後半早々ひとり少なくなった試合で色々結論付けるのは難しいと思う。

Thursday, October 20, 2011

フットボールへの誠実さを貫くハリー・レドナップ

「テレグラフ」紙のオリヴァー・ブラウン記者による、スパーズの監督ハリー・レドナップへのインタビュー記事。フットボール好きのオッサン、という側面を上手く浮き上がらせている。


++(以下、要訳)++

バークシャーのデ・ヴィア・ウォークフィールド・パーク・ホテルで、彼はスタッフに気軽に冗談を言い、妻のサンドラが彼に坐骨神経痛の治療を兼ねていかにヨガを始めさせたかを説明していた。しかし、並外れた賢明さと献身で偉業を成し遂げてきたこの男のキャリアの中で初めて疲労の色が見え始めている。この64歳には滅多に見られなかった兆候だが、イングランドの歴史の中でも最も屈強で長寿の部類に入るハリー・レドナップも疲れを感じ初めているのだ。

素晴らしい1時間の会話の話題は、デイビッド・ベッカムからキャニング・タウンの学校でのコーチ業の記憶にまで多岐に及んだが、忍び寄る疲労についても告白した。ドーセット海岸近くのサンドバンクスの牧場からトッテナムのチグウェルの練習場までの明け方のドライブにいよいよくじけそうになってきた。「情熱が衰えてるわけじゃないんだが、疲れを感じるようになっていないと言えば嘘になるだろう。単純に年齢の問題だ。だんだん効いてきているよ」

「そりゃキツいさ。朝の3時に家を出て、5時にはトレーニング場に着くが、そこが開くのは7時から。そこに座ってラジオを聞いて待つんだ。健康に影響は出るさ。結局ロンドンに泊まることが増えたよ。昔は毎日車で通ったものだけどね。1日に6時間運転する計算だ。それでも私は今でも変わらぬ情熱を持っている。良い選手たちと一緒に仕事をするのは大好きだし、彼らのボールさばきをトレーニングで見るもの好きだ。その分、下手くそな選手と仕事をするのはキビしくなったな。ウチの選手たちは見ていて本当に素晴らしいと思うよ」

レドナップの宿命的な視点は、代理人たちの強欲やプレミア各クラブと地元コミュニティの断絶ぶりではなく、彼をフットボールの単純な喜びにぞっこん惚れ込んだままにし続けている。

だからこそ、ニューカッスルへの遠征の前日でもブラックバーンを迎えるQPRの試合を観に行き、ロフタス・ロードの雰囲気に酔いしれるのだ。トラック付きのピッチにはひと言ある。ウェストハムによるストラトフォードのオリンピック・スタジアムへの入札が差し戻される週には、この老いた伝統主義者は、執念深く自分の古巣の移転に反対していた。

「陸上用トラックのあるスタジアムはフットボールを殺してしまう。私は我々がホワイト・ハート・レーンで作りだしているような雰囲気、もしくはかつてウェストハムがアップトン・パークで持っていた雰囲気に身を置くのが大好きなんだ。トラックがあって遠くに座っていたら、そんな雰囲気は作れやしないよ。そういう時代じゃないんだ。ウェストハムのサポーターがそれを喜ぶとはとても思えないね」

レドナップはファンの視点に敏感に思慮を働かせていて、昨シーズンのチャンピオンズリーグ出場でトッテナムに生まれた楽観を維持する方法を模索している。

2月にデイビッド・ベッカムがトレーニングに参加したことは、彼が練習のみにしか参加できなくとも、トッテナムに明らかなアドレナリンをもたらした。レドナップは36歳になるベッカムのギャラクシーとの契約が来月切れた際に、再びトッテナムにやってくる可能性も完全には否定しない。

「人間、そして選手としてのデイビッドに本当に感銘を受けたよ。クラブにいてくれたのは素晴らしいことだし、彼は一級品だ。彼を目にする若手たちには最高のロールモデルだ」

「問題があるとすれば、デイビッドが定期的にプレーしたいと考える一方で、私が彼に出番を保証できないことだ。難しいよ。アーロン・レノンは戻ってくるし、ラファエル・ファン・デル・ファールトも右ができる。私には既に多くのオプションがある。両サイドをギャレス・ベイルとルカ・モドリッチにすることもできる。サンドロがトップクラスの選手になろうとしていて、そしてスコット・パーカーもやってきた。デイビッドを連れてきたのにプレーさせられないのは問題だろう」

メンバー選びの贅沢な悩みは、トッテナムの忌まわしい開幕には考えられなかったことだ。オールド・トラフォードでは0-3で屈辱を味わい、ホームではマンチェスター・シティに1-5で粉砕された。アーセナル相手の勝利を含むその後の4連勝はまったく約束などされていなかった。

当初の中盤ではニコ・クラニチャルとジェイク・リバモアがペアを組み、危険なほどの未熟さがそこにあったが、トム・ハドルストンの足首の手術からの回復も含めれば、今はチャンピオンズリーグへの正当な挑戦者としての自信が感じられるようになった。

彼を錬金術師ハリーと呼んでも良いかもしれない。たとえ、彼が自分の道程を振り返って、今の業界が向かっている方向を嘆いているとしてもだ。レドナップは代理人たちの台頭に冷笑して「彼らは監督よりも会長に電話をするし、自分の抱える選手たちには皆スーパースターだと吹き込んでいる」と語るが、むしろ今の選手たちの住む世界がこれまでとは随分違うことに懸念を抱いている。

「今まで自分も一員だと思っていたが、その時代はもう終わってしまった。そういう時代が帰ってくるかも分からない。選手たちはもはやボートの漕ぎ手ではなく、給料を払っている雇い主に対しても十分な時間を与えてはくれない」

「私がウェストハムにいた頃は、みな午後は学校に行って子供たちのコーチをしていた。最高の時間だったよ。キャニング・タウンの学校で週に5日、私とフランク・ランパード・シニアとね。トレヴァー・ブルッキングはよくサン・ボナヴェントゥラで教えていた。3時間教えて皆2.5ポンド貰っていた。最高だったよ。今の選手たちは、自分たちの輪に閉じこもってしまう。ちょっと政治家みたいな感じだ。道行く人々とは交わらないんだ」

レドナップ自身は、自分が愛されていたと感じている。「我々は良い仕事をしてきていると思うよ。昨日の夜は航空救急隊とディナーに行ったが、みなトッテナムのファンで、今のスパーズに起きていることを本当に喜んでくれていた。もはやアーセナルとの差が無くなったという事実が嬉しいんだ」

この相思相愛の関係に潜む危険は、レドナップが依然としてユーロ2012後にファビオ・カペッロが退任した後のイングランド代表の有力候補であることだ。レドナップのスパーズでの地位は安泰だが、本人は基本的にはこの見方を喜んでいて、実際のところこの状況を楽観視している。

「この話は断るのは難しいタイプのものだ。特にイングランド人ならね。ただ、私はプレミアリーグをエンジョイしていて、毎週毎週の監督業も楽しんでいるよ。私は毎日関わりを持っていたいし、それが私を駆り立てているんだ」

++++

珍しいハリー単独特集の記事。しかし、マイカー往復6時間の通勤をしてトッテナムまで通ってたとは凄い。

Tuesday, October 18, 2011

チャンピオンズリーグとバルセロナに挑戦する面々

今週はチャンピオンズリーグの試合が入るってことで、この間出ていたサイモン・クーパーのコラム。以前ブラジルサッカーについて書かれたコラムが出ていた謎のポータルサイト「AskMen」に出ていたもの。バルセロナに挑戦するのは誰か?という主旨で、モウリーニョ率いるレアル・マドリー、マンチェスター・シティ、バイエルン・ミュンヘンなどの可能性に触れつつ、結局のところバルサ?という展開。


++(以下、要訳)++

灼熱のマドリードの夏、レアル・マドリーの練習に訪れた人々は同じトレーニングを目にしていた。今やほぼクラブの全権を勝ち取ったジョゼ・モウリーニョは、ディフェンスから相手陣内へできるだけ早く運ぶ動きを何度も何度も選手たちに叩きこんでいた。9月27日のチャンピオンズリーグアヤックス戦のゴールは、正にこの手法を発揮することで生まれていた。

3秒ルール

モダンサッカーにおいて得点の可能性が最も高いのはボールを奪った3秒後だ。それは相手が依然として当惑にあって、ディフェンスのポジションに戻っていない時間だ。しかし、この3秒ルールが問題になるのはバルセロナが相手の時くらいで、モウリーニョの向こう数カ月の目的は、8月にアシスタントのティト・ヴィラノバに食らわした(本当の意味での)目潰しを、バルセロナに食らわせることにある。このレアルのスピード重視の練習は、今季のヨーロッパについて回る「人はどうしたらバルサを打ち負かせるか」という問いへのベストアンサーとなるかもしれない。

新しいバルセロナを目にすれば、相手はただ諦めたいと思うに違いない。バルセロナのプレーメーカーであるシャビは、「チームは一段と良くなった。より多くをもたらせる選手たちを迎えたからね」と語る。その通りで、チリ人のアレクシス・サンチェスはバルサに伝統的なウィンガーとしてプレーするオプションをもたらし、今季最初の6試合で6ゴールを決めているセスク・ファブレガスの存在は、シャビとアンドレス・イニエスタがアンタッチャブルではないことを意味する。

1つの値段で2つ

恐ろしいことに、バルセロナは2つの素晴らしいフォーメーションでプレーすることができる。長年にわたってチームは4-3-3でプレーしてきたが、9月に3-4-3を使ってオサスナを8-0で粉砕した。もはや彼らは、ボールを奪っては必ずボールを戻してポジションを確認し、相手に「行くぞ!」と言って、まるで小人たちクロスワードパズルを埋めるようにパスを縦横無尽に回すという、フットボール界で最も予測可能なチームではない。監督のペップ・グアルディオラは、過去最高と言われたチームの更なる改善に情熱を燃やしている。

もちろん、それでも多くはバルセロナで替えの利かないリオネル・メッシに依存している。世界王者のスペインというのは、バルセロナからメッシを引いたものだ。そして、昨年のワールドカップで、10人で守ったスイスやパラグアイ、オランダは、スペインが必ずしも完全無欠ではないことを示して見せた。もしメッシがケガをすれば-2006年にモウリーニョ率いるチェルシーは彼を潰しにかかった-、ヨーロッパのタイトルは他クラブにも獲得可能なものになる。ただ、メッシほどレフェリーたちに守られている選手は他にはいない。

天才モウリーニョ

それでもメッシがいるバルセロナにもスキはある。過去3シーズンでそれを突いた唯一の監督がモウリーニョだ。2010年、当時インテルを率いていたモウリーニョはチャンピオンズリーグの準決勝を前に終わりなきDVD分析からカタルーニャの弱点を見出した。チームメイトがいつもシャビにボールを預けられるのは、彼が必ずしも常にディフェンスをケアしなくとも良いからだった。これはモダンサッカーでは非常に稀少な特権だ。更に、バルセロナの両サイドバックは非常に高い位置で守備をし、背後に広大なスペースがあった。インテルは自陣ペナルティエリアのすぐ外側まで引いて辛抱強く守り、モウリーニョが見出したスペースを狙ったカウンターでバルセロナを仕留めた。

奇妙なことに、モウリーニョはレアルの監督を引き継ぐとこの勝利の法則を捨て去った。昨年の11月のカンプ・ノウでの試合では、ハーフウェー・ライン近くで守備をしていた。おそらく彼は、バルセロナを破る1つでなく2つの方法を見せることで自分の天才ぶりを知らしめたかったのだろう。レアルは0-5で敗れた。それ以降、モウリーニョはカウンターに戻した。昨季の国宝杯決勝でバルセロナを破り、ゴンサロ・イグアインのカウンターからのゴールが不当に取り消されなければ、チャンピオンズリーグの準決勝でもそれを成し遂げかけた。

スタンドからこのレアルの計算しつくされたディフェンスに目をやり、85歳になるレアルのレジェンドであるアルフレド・ディ・ステファノは、「バルセロナがライオンでマドリーはネズミ」と不満をこぼした。レアル伝統のスタイルは攻撃だ。モウリーニョは気にかけないだろう。会長のフロレンティーノ・ペレスが、モウリーニョと対立していた攻撃サッカーの信奉者であるテクニカル・ディレクターのホルヘ・バルダーノを解任し、このポルトガル人監督は自分の好きなようにできる。

イングランド流

バルセロナを倒すのは、イングランドのクラブよりもモウリーニョのチームの方が可能性が高そうだ。分厚い守備にカウンターというのは単純にイングランドのスタイルではないのだ。イングランドのファンはそんなものに我慢できない。5月にウェンブリーで行われたチャンピオンズリーグの決勝で、マンチェスター・ユナイテッドはバルセロナのディフェンスにプレッシャーをかけようと試みた。それが持続したのは僅かに10分、早々に疲弊してしまった。ユナイテッドの守備陣が押し上げに一生懸命では無かったことも一因ではあるが。いずれにしても、ここ最近は平均23歳程度の布陣で試合に臨んでいるユナイテッドは、成熟を語るには程遠い。逆にチェルシーは成熟し切ってしまった。

ここのところ、フランク・ランパード、ニコラ・アネルカ、そしてディディエ・ドログバといったここ数年間のクラブの繁栄を気付いてきた選手たちが話題に上るが、チーム写真に映る新顔のひとりが33歳の青年監督、アンドレ・ヴィラス・ボアスであるならば、問題があることには気づくだろう。

過去の過ちの克服

新聞上ではマンチェスター・シティがイングランド史上最強の挑戦者ということになっているようだ。このクラブは全てのポジションに実力を証明した選手たちを揃え、しかもほぼ全員が全盛期にある。

バイエルン・ミュンヘン相手の敗戦から明瞭に分かるシティのチーム・スピリットの問題 -カルロス・テヴェスの出場拒否、交代時のエディン・ジェコの怒り、ロベルト・マンチーニとパブロ・サバレタの口論- は、大事には至らないだろう。トップクラスの選手は互いに仲良しである必要は無いし、ましてやクラブを愛する必要などまったくない。彼らは非常に任務中心の人間で、自分の役割をこなすのだ。いかにも、テヴェスは90分間自分の全てを捧げるという自分の任務をマンチーニに邪魔された時、大きな怒りを抱いたのだろう。これは昨年ウェイン・ルーニーが突然マンチェスター・ユナイテッドを出てマンチェスター・シティに行きたい、と言った時のように、早々に忘れられる騒動のひとつに過ぎない。それでも、ナポリとバイエルンと対戦し、2試合で1ポイントというチャンピオンズリーグでの戦いぶりはあまり縁起の良いものではない。

この夏にマンチェスター・シティからバイエルン・ミュンヘンに加わったジェローム・ボアテングは、ミュンヘンでの勝利の後に「シティが決勝に進めるとは思えない。他に良いチームがある。例えばウチがそうさ」と語った。その通り、この素晴らしいバイエルンは来る5月のミュンヘンでのファイナルの気品高いホストになることだけを望んでいるわけではない。バイエルンは、既に昨年のドイツのチャンピオンであるボルシア・ドルトムントを遥か後方へと押しやった。バイエルンの前監督であるルイス・ファン・ハールはディフェンスをあまり気に掛けなかった。10月3日現在で、後任であるユップ・ハインケスのチームは11試合無失点だ。

警戒すべきバイエルン

歴史的にはバイエルンはドイツ・サッカーが強い時に繁栄する。クラブが1974年から76年に3つのヨーロッパカップを勝ち取ったのを覚えているだろうか?そして現在のチームは、ここ20年でベストの世代が中心になっている。マヌエル・ノイアー(彼が何もしなくて良いというわけではないが)、フィリップ・ラーム、ホルガー・バトシュトゥバー、バスティアン・シュバインシュタイガー、トニ・クロース、そしてマリオ・ゴメス。バイエルンに住むフランス人、フランク・リベリーはケガとセックス・スキャンダル、出て行ったファン・ハールとの対立で乗り遅れてしまった。他の外国人、オランダ人の「ガラスの男」アリエン・ロッベンは再び負傷したが、バイエルンがすぐに彼を必要としているようにも見えない。個のチームは彼無しでもブンデスリーガを制する力がある。ロッベンが必要となるのはゲームを決める顔見せか、次の春のチャンピオンズリーグだ。バイヤー・レヴァークーゼンでスポーツ・ディレクターを務めるルディ・フェラーは、「バイエルンはバルセロナやレアル・マドリーのレベルにある」と警告する。

もしバイエルンがファイナルに到達すれば、ホーム・アドバンテージがプラスに働くはずだ。それでもなお、来年5月19日にシャビやイニエスタ、ファブレガスよりも背の高い大男たちがビッグイヤーを掲げるとは、理性ある人なら誰も予想しないだろう。

++++

インテル時代のモウリーニョが取ったあの戦術じゃないとバルサは倒せない、とモウリーニョ自身がレアルで再確認しちまった感じだなー。

Saturday, October 15, 2011

リバプールを数字から変えるダミアン・コモッリ

大型補強で話題を呼んだリバプールを裏から取り仕切るのがフットボール・ディレクターのダミアン・コモッリ。データを重視するポリシーやこれまでの経緯、ケニー・ダルグリッシュとの関係などに触れるコラム。これが出たのはイギリスではなくアメリカのスポーツ雑誌『スポーツ・イラストレイテッド』。


++(以下、要訳)++

イギリスのフットボール雑誌である『Four Four Two』が毎年恒例のフットボール長者番付を発表したが、そこでリバプールを所有するフェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)のオーナー、ジョン・W・ヘンリーは20位にランクされた。そして記事は、これまでに獲得した勝ち点と費やした金額から、勝ち点1あたりの金額を750万ポンドと算出した。

この計算がいい加減なのもので、ちょっとした遊びであることは『Four Four Two』も認めているが、『マネーボール』もしくは『サッカーノミクス』の具体的な適用例としては興味深いだろう。『マネーボール』はブラッド・ピット主演で映画化されたマイケル・ルイスの本で、オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンが統計を駆使して評価を軽んじられてきた選手たちを発掘し、チームがチャンピオンになるのを助けた、という話だ。サイモン・クーパーらが著した『サッカーノミクス』は、フットボール版のそれとも言えるもので、データの分析がチームに競争力と違いをもたらすという話で、これは選手のスカウトだけでなく、契約管理からPK、ケガの予防まで着眼点は多岐にわたっている。

『Four Four Two』がデータが示すもの全てが役に立つわけではないと言っている、この点にはリバプールでディレクターを務めるダミアン・コモッリが反論するはずだ。

彼はフットボールにおけるデータの活用の福音的存在で、クラブにおける重要な決断が数字を見ずに行われることはもはや無い、と語っている。これが上手く機能する時には、大きな成功につながる。アンフィールドの新たな英雄となったルイス・スアレスの移籍金2,300万ポンドは、今ではバーゲン価格として広く認知されている。

今年初め、コモッリは『フランス・フットボール』誌に以下のように語っていた。「ルイスについては、過去3年間の数字に着目した。特に何試合プレーしたかという点が重要だった。怪我をしない選手を獲得したいからだ。それに、アシスト数やビッグクラブ相手のパフォーマンス、小さなクラブ相手のパフォーマンス、ヨーロッパでの戦いぶり、ホームとアウェーでのゴール数の違いなども考慮する」

左サイドバックのホセ・エンリケもデータで獲得を決めた例のひとつだ。リバプールはガエル・クリシー(カンヌで何試合か経験したのみの17歳当時の彼を発掘し、アーセナルに推薦したのは他ならぬコモッリだ)の獲得に失敗した後、コモッリがリストの選手をチェックしていた時にホセ・エンリケの数字がレポートの内容以上に印象的であることに気付いた。そして移籍金や給与の面でもクリシーより安かった。今季ここまで、ホセ・エンリケがリバプールで際立ったパフォーマンスを見せているひとりであることは、コモッリの手法が機能している更なる証左だろう。

話がそんなに簡単であれば良いのだが、そうでないケースもある。少なくとも現在のところは、1月に3,500万ポンドを費やしたアンディ・キャロルの例がそうだと言わざるを得ないだろう。加入以来17試合で4ゴールという数字で、全てが批判にさらされる。元々はキャロルでなくフェルナンド・トーレスをスアレスと並べてプレーさせることを想定していたコモッリは、この文脈からキャロルについて言及されることには大分苛立っているようだ。問題は、ある選手で上手く行くことが、他の選手ではそうとは限らない、ということだ。

さる5月に行われたインタビューでのコモッリの言葉を拾ってみよう。「これまで我々が着目してきたのは才能で、それ以上のものではなかった。しかし、我々が欲しいのは才能に正しい態度と知性が伴っている選手だ。彼はチームプレーができるか?チームに献身するための知性を兼ね備えているか?我々は、心理的な側面、つまり態度やメンタリティについても、これまで以上に着目する必要がある」。これがスアレスを獲得した理由を説明するとすれば、他クラブのスカウトが獲得を見送った理由として「態度とメンタリティ」を挙げているキャロルの獲得は若干の驚きだ。

オーナーのヘンリーは、キャロルの価値についてトーレス(5,000万ポンド)マイナス1,500万ポンドと見積もっており、コモッリを支持する面々も、スアレスとキャロルを獲得するのにかかったコストは、トーレスとライアン・バベルの放出で得た資金と同じだ、と尤もらしい擁護をする。しかし、これは一貫性に欠けかねない話だ。チェルシーが2,500万ポンドでトーレスを獲得したとしても、ニューカッスルは1,000万ポンドではキャロルを放出しなかっただろう。

ここでの魔法の言葉は「価値(value)」だ。「全ての原理原則は、価値を創り出すことであり、統計と比較して価値が軽んじられている選手たちを見つけ続けることだ」とコモッリはフランスの「ル・スペシャリテ」紙に話していたが、「テレグラフ」紙のポール・ケスコ主幹は「1月の移籍市場締切日にセンターフォワードを買おうとしている時には、そんな価値を明確に見出せるわけではない」と指摘する。

しかし、『マネーボール』の理論においても、巨額の投資を除外してはいない点にも着目すべきだろう(同じくヘンリーが所有するボストン・レッドソックスは、過去10年MLBの中で2番目に多くの資金を費やしている)。コモッリがキャロルとの契約にゴーサインを出したのは、22歳という年齢、イングランド籍、滅多にないフィジカルの強さから、既に重要なターゲットとして狙いを定めていたからだ。

コモッリ本人は、プロの選手としては実績を残せなかった。モナコのユースチームに在籍していたが、その将来はリリアン・テュラムやエマニュエル・プティらによって阻まれた。19歳にしてモナコのU-16のチームを指導し始め、その後当時名古屋グランパスエイトで指揮をとっていたアーセン・ヴェンゲルに説得され、名古屋のU-18でゴールキーパーの指導にあたった。1年後、コモッリはアーセナルでヴェンゲルに仕えることになり、ヨーロッパをカバーするスカウトとなった。

コモッリの統計への情熱に火をつけたのは、他ならぬヴェンゲルだった。ヴェンゲルがマンチェスター・ユナイテッドが相手陣内で一番のパス成功率を誇り、ロイ・キーンがプレミアで一番の1対1で勝てる選手であることに気付くと、コモッリに「それがどうしてか、お前なら分かるだろう」と伝えた。

「答えは『マネーボール』にあった。まさに全てはそこにつながっていた」と『フランス・フットボール』誌に語った。「知人のお陰で、その本のヒーローであるビリー・ビーンとも友人になり、2005年以降はまさにこの仕事にどっぷりだ」ビーンとの友情が深まる中、2005年9月にコモッリはスパーズのフットボール・ディレクターに就任した。ホワイト・ハート・レーンでの3年間でコモッリは26人の選手を獲得し、そのうち8人は現在もスパーズにいる。この成功例には、ギャレス・ベイル、ルカ・モドリッチ、ベノワ・アス・エコトが含まれ、失敗と言えそうなのは、デイビッド・ベントリー、ジルベルト、そしてホッサム・ガリーなどだ。

『Pay as You Play』の著者であるポール・トムキンスは、著書の中でスパーズでのコモッリの選手獲得を分析し、30%が大きな利益を生み、25%は大損、残りはその中間と結論付け、「全体として2,650万ポンドの純利益を生んだ」と見ている。このコモッリのホワイト・ハート・レーンでの実績と、ビーン本人からの推薦で、ヘンリーは彼を雇うことに確信を得た。

『サッカーノミクス』の著者であるサイモン・クーパーは、監督のケニー・ダルグリッシュとの間に軋轢があると指摘するが、これをコモッリは否定している。クーパーは先週『The Score』誌に「コモッリはビーンに非常に近く、マネーボールをフットボールの世界に持ち込んでいるが、ダルグリッシュは直感に優れた監督だ」と述べている。

当然ながら、コモッリは2人の関係が悪ければこの夏の選手獲得はほとんど実現しなかったハズだ、と主張している。選手たちを獲得した上で、リバプールは14人を売却し、9人をローンに出した。クリスティアン・ポウルセンやミラン・ヨバノビッチのように保有権を手放したケースも、ジョー・コールのように依然として給与を支払っている場合もある。

コモッリをよく知るフランスの記者は、この夏の契約は高価な妥協だと見ている。コモッリは価値の向上が見込める若い選手が欲しかった一方で、ダルグリッシュは英国籍の選手を望んだ。結果はおよそ5,000万ポンドをジョーダン・ヘンダーソン、チャーリー・アダム、スチュワート・ダウニングに費やすことになった。

いずれにしても、コモッリは権力的な苦しみは理解している。以前のサンテティエンヌでの仕事でも、コモッリは共同オーナーたちの間に挟まって身動きが取れなくなった。ベルナール・カイアッゾは有名選手を呼ぶことで集まる注目を喜ぶビジネスマン、ローラン・ロメイエは努力を惜しまない選手が好みで、サポーターのような口ぶりで裏方に徹するタイプだった。2人は口論を続け、危うく降格するところまで落ちてしまった。コモッリが去った後にクラブは体制を改め、結果も改善していった。

トッテナム・ホットスパーの監督だったマルティン・ヨルも彼のスパーズでの失敗はコモッリのせいだと糾弾している。「責任はコモッリにあり、フットボールに関する大半の権限は彼が握っていた」フラムの監督に就任する際の会見でヨルはこう述べていた。ヨルの意思に反してコモッリがダレン・ベントやディエィエ・ゾコラを買ったのは事実だが、クラブはそれでも2シーズン続けて5位で終えた。2007年の10月にヨルが解任されたのは、ディミタール・ベルバトフと騒動になり、開幕10試合で1勝という過去19年で最低のスタートの後だ。コモッリが後任に選んだのはファンデ・ラモス(ヨル時代のスパーズで苦しんでいたフレデリック・カヌーテをセビージャに呼んだ過去がある)で、カーリングカップのタイトルを獲りはしたものの、13ヶ月後にラモスもコモッリもクラブを去った。

もうひとつの教訓はヴェンゲル時代のもので、同じく「サッカーノミクス」に関わるものだ。それは、ベストな選手は、その選手がいる間に代わりを連れてくる、というものだ(実際、ヴェンゲルはティエリ・アンリが去る前にエマニュエル・アデバヨル、デニス・ベルカンプが去る前にロビン・ファン・ペルシ、パトリック・ヴィエラが去る前にマシュー・フラミニを獲得した。同様にセスク・ファブレガスが出て行く前に、ジャック・ウィルシャーを起用し始めた)。トーレスの放出はその意味で早過ぎたが、ヘンダーソンがスティーブン・ジェラードの、セバスチャン・コアテスがジェイミー・キャラガーの後釜になれるかは、これから次第だろう。

仮にスチュワート・ダウニングを成功例としてスアレスやホセ・エンリケに加えるなら、失敗例としてキャロルの話を持ち出される毎のコモッリの反応には同情を覚えるだろう。しかし、彼が好む好まざるに関わらず、失敗で記憶に残ってしまうのがスポーツ・ディレクターの運命であることはコモッリ自身も分かっている。

そしてたとえキャロルが実力を証明するのに苦しんでいるとしても、コモッリはピッチの内外でリバプールに利益をもたらしている。FSGがクラブを買収して1年となるこの土曜日、リバプールはアンフィールドにマンチェスター・ユナイテッドを迎える。1年が過ぎ、クラブのムードは改善し、メンバーは整備され、将来は明るい。コモッリは彼の役割を果たしているのだ。

++++

前にサイモン・クーパーの似たような記事をピックアップしてたんだけど、コモッリに焦点が当たってるのも面白いと思って、ユナイテッド戦前にガガっとまとめ。彼がヴェンゲルに呼ばれて日本にいたのは知らなかった。

Monday, October 10, 2011

プレッシャーに苛まれる5人の監督たち

どのリーグでも起きる序盤戦の不振からの監督交代。ここまでプレミアリーグでは無風が続くが、インターナショナル・ウィークを挟むことから動きのあるクラブも出てくる可能性も指摘されている。それを具体的に5人の候補に絞って焦点を当てたのが「ガーディアン」紙のルイーズ・テイラー記者。


++(以下、要訳)++

代表の試合が組まれるインターナショナル・ウィークは、苦戦している監督たちにとっては危険な時期だ。国内の日程が小休止となり、クラブの会長たちは今の監督を更迭しても後任の救世主的な監督にスムーズに引き継げるからだ。その脅威は、クラブが特に名の通った有益な監督を求めているなら、尚更であろう。もしマーク・ヒューズやマーティン・オニールがどのクラブでも話題に上がっていないとしたら驚きだ。

プレミアリーグが第7節まで終了したものの、まだシーズンの先が長い現在であれば、この中断期間は何らかの変更を加えるにはちょうど良い時期だ。そしてクラブによってはファンが既に変化を求めているところもある。自分の首が飛ぶ可能性すらある流れでは、監督たちは彼らの関与を無視するわけにはいかない。かつてケヴィン・キーガンはこう語っていた。「監督になればいつだって銃口を頭に突き付けられている。問題はそこに弾丸が装填されているかどうかだ」


スティーブ・キーン(ブラックバーン・ローバーズ)

解任のシナリオ:絶え間なく前向きな発言を繰り返す姿は、彼をフットボールの監督版のデイビッド・ブレント(TVドラマ『The Office』)にし、もはや実際にブラックバーンの面々のモチベーションを成功裏に高めているとは思えない。プレミアリーグ21試合でわずかに3勝、イーウッド・パークの観衆たちは敵対心をもつようになり、次第に毒気を帯びてきた雰囲気が良い結果につながることは無い。キーンのこれまでの監督経験の無さは、そもそも彼がアラーダイスの後任に指名されるべきではなかったことを示唆している。

続投のシナリオ:キーンが今週のインドへのミニ・ツアーを率いていることから、彼が即座に解任されることは考えにくい。ブラックバーンのオーナーであるヴェンキーズは彼の監督能力に信頼を寄せていて、彼をサポートするフットボール・ディレクターを呼ぶことで、最大限の結果を得ようとするだろう。ロナウジーニョを獲得する、というような派手な素振りをしてきたが、実際はキーンはフィル・ジョーンズのような主力を失い、移籍市場のバーゲン品での補強を強いられている。

最初の解任劇となるオッズ:4-9(1.44倍)


スティーブ・ブルース(サンダーランド)

解任のシナリオ:元旦から数えてここまでホームで2勝。ローンも含めて2年間で30人の選手を獲得してきた監督としては切れ味に欠ける結果と言える。疑問符が付けられている点は、彼の戦術面での知性と選手交代策、頻繁に起こる選手との衝突、怪我の選手の復帰を急ぐ傾向、21世紀型の監督方法への適応力、そして論争を呼びがちなイングランド北東部に対する偏見とプレッシャーなど、多岐にわたる。

続投のシナリオ:ブルースは条件の良い延長契約を2月に結んだばかりであり、彼を解任するのは非常に費用がかさむ。この夏には10人の選手を補強したが、彼らが馴染むには時間も必要だ。サンダーランドのオーナーであるエリス・ショートは、ブルースがチームのミッシング・リンクと考えていた左ウィングにチャールズ・エンゾグビアを買うことを許さなかった。ダレン・ベント、ジョーダン・ヘンダーソン、ケンウィン・ジョーンズと失ってきたブルースは、移籍市場でも難しい時期を過ごしている。

最初の解任劇となるオッズ:7-2(4.5倍)


アーセン・ヴェンゲル(アーセナル)

解任のシナリオ:プレミア第7節まで終えて、2勝4敗1分け。アーセナルのようなクラブではこの数字は危機以外の何物でもなく、この15シーズンで初めてチャンピオンズリーグに出場できない恐れがでてきた。誰ひとりとして、ベンゲルであっても、代えの利かない人間などおらず、6シーズン続いた無冠にセスク・ファブレガスとサミ・ナスリの代役を見つけられなかった失態で、ヴェンゲルは長居をしているように映る。明白になったディフェンス面でのコーチング不足は若手とベテランのバランスの悪さで一層際立っている。

続投のシナリオ:チーム全体が悪い日に遭遇してしまったとみなすなら、特に、チームの倹約的なやりくりが上手く行っていることが分かった後であるだけに、ヴェンゲルにはもうひとシーズンチャンスがあるだろう。加えて言うならば、一体誰がヴェンゲルの後を継ぐのか?アーセナルは自分たちが何を望んでいるかについて、注意深くなる必要がある。

最初の解任劇となるオッズ:12-1(13倍)


オーウェン・コイル(ボルトン・ワンダラーズ)

解任のシナリオ:現在順位表の一番底。その脆い守備でイースター以来リーグ戦はここ12試合で11敗。ホーム6連敗はここ109年で最悪となる開幕での躓きを加速させ、ファンの中にはあのギャリー・メグソン時代にノスタルジアを感じ始める者もいる。昨シーズンの攻撃面での素晴らしさが守備の脆さを覆い隠していただけだったのだ、と。

続投のシナリオ:以上のことを考慮しても、コイルのここ10年のキャリアは上向きのものであった。ボルトンの幹部は、依然として人気のある元クラブの元ストライカーでもあるコイルに時間の猶予を与える余裕を持つべきだろう。ヨアン・エルマンデルやダニエル・スタルリッジのようなストライカーの代役を連れてこられなかったのはコイルの責任ではない。重要な中盤の駒であるスチュワート・ホウルデンが膝のケガで3月まで使えないことについても同様だ。

最初の解任劇となるオッズ:16-1(17倍)


ロベルト・マルチネス(ウィガン・アスレチック)

解任のシナリオ:リーグとカップ合わせて5連敗は、マルティネスが言っているほど良いフットボールが展開されていないことの証明だ。ディフェンスはしばしばナイーブであり、精神的にも脆い。明らかなのは二部のチャンピオンシップに向かって滑り落ちていっているということだ。マルティネスが非常に良い監督であったとしても、やはりウィガンにはマッチしていない。

続投のシナリオ:かつてウィガンのミッドフィルダーとしてプレーしたマルティネスの気高い忠誠心がオフのアストン・ヴィラからのオファーを断った、という話は相応に報いられるべきだろう。アストン・ヴィラに移籍したチャールズ・エンゾグビアやマンチェスター・ユナイテッドに復帰したトム・クレバリの代役はまだ十分ではない。マルティネスが追い求める哲学は魅力溢れるフットボールを生んでいるが、会長のデイブ・ウィーランはマルティネスの総合力と知性に比肩する後継者を見つけるのには苦労するだろう。

最初の解任劇となるオッズ:33-1(34倍)

++++

このインターバルの間に出てきたのは「マーティン・オニールがブルースの後任に、との打診を受けた」という記事。それに合わせて、ブルースのオッズが下がるといういかにもな展開。現実的にはもう少し様子を見ると思うけど…。

Friday, October 7, 2011

テヴェスの出場拒否 - それがどうした?

ロベルト・マンチーニの怒りのコメントも含め、一大騒動となったテヴェスの出場拒否事件。メディアは高給を受け取りながらあの振る舞いをしたテヴェスを責める論調だが、TV局「Channel 4」のインタビューに応えたサイモン・クーパーは「それがどうした」というスタンスで一石を投じている。


++(以下、要訳)++

0-2とバイエルン・ミュンヘンにリードを許した後半10分過ぎ、カルロス・テヴェスは交代出場を拒んで(ような仕草)ロベルト・マンチーニに歯ぎしりさせていた。マンチーニは後にこの振る舞いを「受け入れ難いもの」と評し、過去2度の移籍市場で退団を声高に求めてきたことも踏まえ、テヴェスは二度とシティでプレーしない、と語った。


20万ポンドを超える週給を受け取るテヴェスは、他の説明を補うことなく「プレーを拒否してはいない」と主張し、「クラブでの義務に従う」準備があるとも述べている。しかし、そんなテヴェスの主張は誰の耳にも届きはせず、彼には激しい非難の声が上がっている。

グレアム・スーネスは「私は不信感でいっぱいだ。なぜ選手がチームメイトを助けたいと思わないのか?どれだけ自分勝手なんだ?先発じゃなければもう不機嫌なのか?すぐにでもマンチェスターからできるだけ遠ざけるべき。彼は腐ったリンゴで、チームに蔓延しかねない。彼はフットボールの恥辱で、普通の人間であれば誰もが今のフットボール界の人間の振る舞いとして誤りだと考えることを全て具現化している」と声を荒げ、他の識者もテヴェスをリザーブに送るか契約の解消を図るべきと主張した。

しかし、『フットボールの敵』の著者で「ファイナンシャル・タイムス」紙でコラムニストを務めるサイモン・クーパーはこの騒動と辛辣な言葉に驚いたと述べている。

「これが何故ここまでのショックを人々に与えたのか、そして何故これがそこまで酷いことなのか、理解に苦しむ。ボスマン・ルール以降、選手たちの力はとっくに監督の力を超えている。平均的な選手でなく、ベストな選手たちの話だ。皆プライドや情熱、忠誠心について語るが、そんなものがこの世界の一部であるという意見には賛同しかねる」

「クラブは雇用主。仕事を楽しむことはあるだろうが、自分が勤める銀行を愛するだろうか?恐らく違うだろう。良いオファーをくれる銀行があったとして、それでも忠誠心を理由にその銀行に残るだろうか?これも恐らくノーだろう」

「人々はトム・フィニーやボビー・ムーアを忠実な選手の代表格に挙げる。しかし、彼らがクラブに留まったのはその必要があったから。彼らが今のフットボール界にいたなら、忠実にはならなかったはずだ」

その通りだろう。トッテナム・ホットスパーの監督であるハリー・レドナップはテヴェスの行動を「信じられない」と評し、以下のように語っている。「シティのレジェンドであるマルコム・アリソンやマイク・サマビーが、選手がチャンピオンズリーグで出場を拒むことがあると想像しただろうか、と考えてしまうね。本当に信じられない」

選手が途中出場を拒んだのは初めてだったかもしれないが、チームに従わないのは初めてのケースではない。選手がトレーニングを拒否するのは移籍の前兆だ。実際、レドナップ自身のストライカーであるエマニュエル・アデバヨルも、マンチェスター・シティからの移籍を求めてチームとのトレーニングを拒んだ。

クーパーによれば、こうしたストライキはフットボールの世界においては何もテヴェスやアデバヨルに限ったことではなく、この種の論争を呼んだ選手のリストは非常に長いものになる。世界最高の選手でさえ、浅薄な反乱と隣り合わせなのだという。

「昨シーズンのリーガの終盤、リオネル・メッシは監督が彼を休ませたいと考えたためにベンチに座っていた。すると翌日彼はトレーニングを拒否した。ただ練習場に現れないのだ。これは純然たる不服従だが、一体何ができる?トップクラスの選手は今や好きなようにできるのだ」

PFA(フットボール選手協会)のゴードン・テイラーは今後はこの傾向に益々拍車がかかると見ている。「トップクラスの選手が感情を露にするケースは増えてくるだろう。自分は下げられるべき存在ではない、もしくは現状を受け入れるよう求められるのは我慢ならない、そう考えるようになる。しかし、これはチームが肥大化していく中で避けられないことであって、プロフェッショナルに振る舞うべきなのだ」

クーパーは、レアル・マドリーでGMを務め、選手の力の強大化を嘆いていたホルヘ・バルダーノに言及してこう述べている。「彼は選手に話すだけでもいかに難しいかを教えてくれた。監督が選手を叱ろうと思っても、しまいには選手でなく代理人か弁護士、父親に言うハメになる」

まさに、マンチーニが休暇中のテヴェスに連絡を取ろうと電話をかけた際も、テヴェスは電源を切ってしまった。クーパーが言うには、時代錯誤のレンズでフットボールを見るのは止める時期に来ていて、もはや忠誠心や服従、奉仕といった考えは存在しない、という。かつてはあったとしても。

「選手たちは自分のためにプレーをする。誰にでも追い求めたい自分のキャリアがあり、できれば然るべきクラブに然るべき時期にいたいと考えるだろう。それは必ずしもエゴではなく、個人のキャリアだ。誰一人としてシティのためにはプレーしていないし、それはマンチェスター・ユナイテッドだろうが他のどのクラブでも同じだ。ゲームのルールは変わってしまっていて、それは随分前に変わってしまっているのだ」

++++

さもありなん。しかしシニカル。

Friday, September 30, 2011

フランク・ランパードが追求する新たなプレースタイル

途中交代やベンチスタートとなる度にメディアでも高まる感のあるランパード限界説。一方で、役割の変更を勧めたり、その最中だと主張する意見も出てき始めている。BBCのサイモン・オースティン記者がクラウディオ・ラニエリやパット・ネヴィンの言葉を引きつつ描くコラム。


++(以下、要訳)++

ここ10年間、フランク・ランパードの名前はチェルシーの先発メンバー表に消せないインクで書かれているかのようであったが、その地位も怪しいものになってきた。マンチェスター・ユナイテッド戦はハーフタイムで交代、スウォンジー戦は起用されず、得点もここまでPKによる1点のみ。ランパードはもはやスタンフォード・ブリッジのキープレーヤーには見えない。

彼の立場は代表チームにおいても同様に不安定ものになっている。今月初めのブルガリア戦はベンチスタートとなったが、これは彼が出場可能な真剣勝負の場では、ここ4年で初めてのことだった。2,350万ポンドでやってきたフアン・マタがチェルシーの中盤に光明をもたらしている今、33歳にしてランパードはメンバー表から姿を消してしまうのだろうか?

こうした論調は、2001年6月にランパードをウェストハムからチェルシーに連れてきたクラウディオ・ラニエリを苛立たせる。「私を信じて欲しい、彼は今でも素晴らしい選手だ」先週インター・ミランの監督の座に就いたイタリア人は語る。「パス、シュート、リーダーシップに知性。これら全てが彼を世界一流のミッドフィルダーにしてきた」

ラニエリは10年前、チェルシーに1,100万ポンドを支払うよう説得した。この移籍金は何度となく嘲笑の対象となったが、最高の掘り出し物であったことが分かった。ランパードはその後、クラブが最も成功した10年間のリーグ戦で116ゴールを記録した。そしてラニエリは、年齢がランパードの能力に与える影響などないと主張する。

「スピードがフランクの売りであったことなど一度もないし、常に厳しいトレーニングで最高のコンディションを保っている。監督はトレーニングの場に彼のような選手がいることを夢見る。他の選手たちの真のお手本になるからね。彼が30代の半ば、後半にさしかかろうが、トップレベルでプレーできないなどと考える理由が分からない」

しかしながら、これを実現するにはランパードは彼の流儀を変える必要があるだろう。そしてそのプロセスは既に進行中のようだ。

今シーズンのデータを一見すると、ランパードは下降線を辿り始めている、とも考えられるだろう。ゴールはノーリッジ戦のひとつだけ、1試合あたりのシュート数は2009-10シーズンの3分の1にも満たない。シュートの精度も際立って下がっているのが見て取れる。昨シーズンはシュートの56%が枠を捕えたのに対し、今シーズンはここまでわずかに25%だ。

しかし、80年代にチェルシーのプレーヤー・オブ・ザ・イヤーに2度輝き、BBCで解説者を務めるパット・ネヴィンは、この数字はむしろランパードのプレースタイルの変化の結果だ、と述べている。

グッバイ、ゴールを量産するミッドフィルダー。ハロー、中盤深くに位置するプレーメーカー。

「フランクはいま、中盤の引いた位置でボールを保持して正確なパスで攻撃をビルドアップしていて、必ずしもフィニッシュまで持って行ってはいない。人々は彼のプレースタイルに対する先入観を捨て去る必要があると思う」

下のグラフもネヴィンの理論を支持するものとなっている。左のグラフの中の8番は、1-3で敗れたマンチェスター・ユナイテッド戦でのランパードの平均ポジションを示している。彼は16番のラウル・メイレレシュと共に中盤を締めるポジションにいて、10番のフアン・マタや7番のラミレスと比較すると深いポジショニングになっている。


後半にチェルシーは追い上げを図り、ランパードは監督のヴィラス・ボアスによって交代させられた。マタのポジションは一層上がって9番のフェルナンド・トーレスに近づき、2人の後ろで39番のアネルカが動く形だ(右のグラフ)。ネヴィンは、チェルシーの中盤の攻撃的なアタッカーとしてランパードが果たしてきた役割は、完全にマタが取って代わったと見ている。

「トーレスとプレーするようになれば、ドログバがメイン・ストライカーの頃に使っていたロングボールは不要になる。トーレスの角度をつけた裏への走りは彼が加入した頃から素晴らしいかったが、彼に糸引くパスが出て来るようになったのはマタがやってきて以降のことだ。それはフランクの役割ではなかったし、いま彼は新しいポジションを見つけるために進化する必要に迫られている。新しいプレースタイルでね」

ゴールを量産していたランパードは、ポール・スコールズがマンチェスター・ユナイテッドでのキャリア終盤にそうしたように、中盤深めのミッドフィルダーとしての自分を再発見するだろうか?

ネヴィンはそう信じていて、「ヴィラス・ボアスは4-2-3-1を好んでいるように見えるし、フランクにはその"2"の一角を占めるための戦術的な知性、視野、パス能力とタックルがある」と主張する。

偶然にも、これは最近ファビオ・カペッロがイングランド代表で好んでいるシステムでもある。

ランパードは「フットボールの世界で、批評家が誤っていたことを証明することほど気持ちの良いことはない」と言ってきた。恐らく彼は、クラブと代表の双方でその快感を楽しむ時を迎えようとしているのだろう。

Wednesday, September 28, 2011

意外な万能プレーヤー特集

今回は小ネタ。
ディミタール・ベルバトフがセンターバックでプレーする姿。スカイスポーツがたまにやってる「何でもランキング」的なコーナーはこれを見逃さず、「万能プレーヤー」を特集。


++(以下、要訳)++

ディミタール・ベルバトフは、カーリングカップのリーズとの一戦で、ディフェンスにできた穴を埋める活躍を見せ、慣れたポジションとは別の役割を託された選手の長いリストに加わった。

ディミタール・ベルバトフ
試合中にゆっくり歩き回る姿がしばしば批判の対象になるが、ベルバトフの落ち着き払った雰囲気はセンターバックに相応しいものだろう。そして本人もまたリーズ戦の終盤に4バックの一角に入った時には、実に嬉しそうにプレーをしていた。彼が後のキャリアで謎めいたフロントマンからボール扱いに秀でた守備のまとめ役になるかどうかは、まだ定かではないが。

デイビッド・ジェームス
2004-05シーズンの最終節ミドルスブラ戦、マンチェスター・シティはヨーロッパの舞台に立つためにゴールを必要としていた。監督のスチュワート・ピアースは、ストライカーを投入するのではなく、ゴールキーパーのジェームスを前線に上げた。せわしない攻撃と脅威を与えない粗いシュートが繰り出されたが、結果には結びつかなかった。シティは目的を達することなく1-1のドローで試合を終え、ジェームスも通常の役回りに戻っていった。

クリス・サンバ
2008-09シーズンの終盤、ブラックバーンの監督だったサム・アラーダイスは闘志溢れるセンターバックのサンバをストライカーとして起用した。南アフリカ代表のベニー・マッカーシーはベンチに残されたままであった。しかし、サンバの屈強なフィジカルが相手ディフェンダーの手を焼かせるのを見れば、なぜこのコンゴ人にこのような役割が任されたのかは簡単に理解できた。

クリス・サットン
1994-95シーズンに「SAS」と呼ばれたアラン・シアラーとのコンビでプレミアリーグを制した得点力を持つサットンは、ディフェンダーとしても「使える」というレベルを遥かに超えており、それはノーリッジ時代に幾度となく証明された。しばしばセンターバックとして起用され、ストライカーとしての経験から相手フォワードの次の動きを予測できるという強みは、非常に価値があるものだと証明した。

ハヴィエル・マスチェラーノ
生真面目なタイプのミッドフィルダーは、ディフェンスでの貢献を求められる際にあまり苦労しないが、マスチェラーノのレベルであるとなお簡単に見える。このアルゼンチン人は昨季ペップ・グアルディオラが抱えていたディフェンス面での頭痛を何度となく解決し、マンチェスター・ユナイテッドを下して頂点に立った昨季のチャンピオンズリーグ決勝でもポジションはセンターバックだった。

アントニオ・ヴァレンシア
ヴァレンシアはクラッシックなタイプの右ウィングとして名を馳せ、マンチェスター・ユナイテッドもウィガンから彼をスパイクをチョークまみれにする選手として引き抜いた。しかし、いま彼は右サイドバックとしての能力を証明しつつあり、オールド・トラフォードでのポジション争いが激化し、アレックス・ファーガソンがナニやアシュリー・ヤングを選ばれがちな現在、この位置で運を試す可能性もあるだろう。

マイケル・エッシェン
中盤の真ん中で一流の動きをするエッシェンは、2007年にディフェンスに空いた穴を埋めるよう頼まれた。ジョン・テリーと並んで熟練の安心感をもたらすと、そこからの9試合を2敗で乗り切った。ジョゼ・モウリーニョは試合の中での洞察力に優れた戦術家として名を馳せたが、スタンフォード・ブリッジ時代のこのエッシェンをディフェンス・ラインに下げるという判断は見事なものであった。

スティーブン・ジェラード
ジェラードのような才能を持つ選手を右サイドバックに貼り付けるのは浪費だと考えられるだろうが、時にその必要もある。2005年のチャンピオンズリーグ決勝、リバプールの守り神でもあるジェラードは、PK戦の末に勝利を掴むその道のりを綱渡りする中でディフェンス・ラインに加わった。ACミランの攻撃が劇的な決勝弾を決めるべく暴れまわる中、リバプールの両翼はギシギシと軋みの悲鳴を上げていた。ここを何とか凌いでゴールを割らせなかったジェラードがトロフィーを揚げることとなった。

++++

割と最近の例を集めた感じだから、「あったなー」って感じる例ばっかだけど、集めてみると面白い。

Tuesday, September 27, 2011

「持たざる者」デイビッド・モイーズの手腕とエヴァートンの懸念

開幕前に取り上げたエヴァートンの記事は、"財政難にもめげずに頑張るエヴァートン"のようなトーンのものだったが、今回のコラムは元アーセナルでBBCの「Match of the Day」で分かりやすい解説をしているリー・ディクソンによるもので、モイーズ監督の手腕を評価しつつ、明らかになる懸念も指摘。


++(以下、要訳)++

週末、エティアド・スタジアムでの正午キックオフとなるこの対戦ほどフットボールにおける「持つ者」と「持たざる者」を描き出せるものもないだろう - ロベルト・マンチーニはすべてを持ち、デイビッド・モイーズはそれを持たない。

マンチーニは、最も高価なメンバーからいかに最大限の力を引き出すかに頭を悩ませる一方で、モイーズは自身が積み重ねてきたエヴァートンの素晴らしい歴史を守るチームを作るために倹約・節約を重ねなければならない。

ベスト・プレーヤーであったミケル・アルテタが移籍締切日にチームを去って以降の悲しみと陰鬱を考えれば、現在エヴァートンが7位につけ、初戦でQPRに敗れて以降無敗であることは驚きですらある。いや、驚くべきではないのかもしれない。昨季のエヴァートンの順位は7位であった。

これだけの財政難を抱えながらモイーズが成し遂げていることには敬意を払う必要がある。彼がチームを組織して到達しているレベル -昨季7位、それ以前も8位、5位、5位、6位- は、人々の期待を遥かに上回る。手品で帽子からウサギが出てくるようなものだ。

選手が怪我をしたり、不調に陥った場合、もしくは単により良い選手が欲しい場合に、代わりの選手を買う贅沢は彼にはできない。これは監督にとっては必ずしも悪いことではなく、むしろ監督がすべきこと、選手のコーチングに専念することができる。仮にモイーズがより大きなステージで仕事をすることがあるとすれば、今のキャリアは監督しての能力を伸ばす上で、カギとなる時期だろう。グッディソン・パークで背負っている制約は、彼が良い監督になるのを助けている。

現役の監督や選手に「Match of the Day 2」に出演してもらうのは簡単ではないが、モイーズとは喜んでソファで話をしたいし、いつだってゲストに迎える価値がある。このスコットランド人と話をすれば、ものの数分で話に耳を傾ける価値があると誰にでも分かるだろう。他の監督と違って行間を読む必要などないし、試合に臨む情熱にあふれている。そして、彼にはスコットランド人監督の伝統を引き継いでもいる。ストライカー不足に悩んでいても、ルイ・サハとの間に一線を引くことに躊躇いは無かった。

モイーズ、そしてエヴァートン・ファンたちへの大きな疑問は、ソリッドなディフェンスと中盤を持ちながら攻撃のオプションに欠ける現在のチームが、果たしてここ数年の達成レベルを維持できるのか、ということだ。2つの主要な懸念は、一体どこからゴールが生まれるのかということと、1月の移籍市場が開いた時にドレッシングルームにどのようなダメージがあるのか、だ。普通のサッカー、そしてアルテタを欠いて7位、8位でフィニッシュするのは簡単ではないはずだ。

エヴァートンにはレイトン・ベインズ、フィル・ジャギエルカ、シルヴァン・ディスタン、ジョニー・ハイティンガらが織り成すソリッドなディフェンスがある。アルテタは最も才能に恵まれた選手だったがマルアン・フェライニとティム・ケーヒルは中盤を脅威あるものにしている。しかし、前線はギリシャU-21代表のアポストロス・ヴェリオスという若きスターを獲得はしたが、確信をもたらすには至っていない。

クラブから生まれる若い選手たちがモイーズのグッディソン・パークでの将来になっている。現在の財政面の厳しさからそれは急務になっているが、それでも機能はしている。中盤のロス・バークリーはここまで最も際立っている一人、そう頻繁には出てこないタイプの選手だ。

ウェイン・ルーニー以降、モイーズは将来違いをもたらすであろう選手にも移籍を容認してきた。これは、アカデミー・レベルの選手たちを引き付けるという意味では大きな違いをもたらす。私がバーンリーでキャリアをスタートさせた頃、バーンリーは選手を囲い込むことで知られていたが、そうした状況は決断を揺るがせることになる。もしあなたが若い選手であったなら、エヴァートンとこの日の対戦相手、どちらがチャンスを得やすいだろうか?

グッディソンではピッチ外に深刻な問題が噴出しているが、これが長引けばピッチ内の問題になりかねない。モイーズは1月を怖れいているだろうし、選手たちへのオファーは来るはずだ。ジャギエルカを失ってなお使える資金がない、という状況に陥れば、代役はそれなりのレベルにならざるを得ない。

これがモイーズが直面している困難な仕事であり、マンチーニのマンチェスターでの仕事とはまったく異なる。しかし、過去2シーズンにわたってシティにダブルを食らわせていたのは、どんな選手がピッチに立つにせよ、良い監督だけが見せることができる違いだろう。

Friday, September 23, 2011

好印象を残したベラミーの2度目の挑戦

マンチェスター・シティで居場所を無くし、この夏の移籍市場でリバプール復帰を果たしたクレイグ・ベラミーは、プレーとキャラクターの双方が際立つ選手。スアレス、キャロル、カイトとのポジション争いを含め、彼はチームにどんなインパクトを残すのか。BBCのフィル・マクニルティ記者によるコラム。


++(以下、要訳)++

クレイグ・ベラミーの前回のリバプールでのキャリアは、ポルトガルのアルガルヴェでの合宿中にチームのレクとして行われたカラオケ大会中にチームメイトのヨン・アルネ・リーセにゴルフクラブを振り上げたことで最も人々の記憶に残った。ベラミーは相手が同僚であれ対戦相手であれ関係を難しくしたがる性格で、それが彼の波乱万丈の選手キャリアを描き続けてきた、したがって、水曜にブライトンのアメックス・スタジアムで行われた試合で何かが起きても、誰も驚きはしなかっただろう。

しかし、このウェールズ人ストライカーは、開始早々に先制ゴールを決めるとピッチを縦横無尽に駆け回ってブライトンを苦しめた。そして、これを見てチームメイトとしての感覚が重みになったのは、他でもなく3,500万ポンドの男、アンディ・キャロルだっただろう。

この夜は、半年ぶりの復帰を果たして16分プレーしたスティーブン・ジェラードに一番の拍手が湧き起こったが、2007年にウェストハムに売られてアンフィールドでのキャリアは終わったと見られていた選手にも、リバプール・ファンから大きな拍手が送られ続けた。ベラミーは、かつてディルク・カイトとそうであったように、すぐにルイス・スアレスと理解し合い、90分間にわたって見せ続けたスムーズな連携は、ここまでアンディ・キャロルが短いリバプールでのキャリアの中で一度として見せたことのないものだ。

キャロルはニューカッスルから移籍してきて以来、未だにリバプールにフィットしようとしている最中だが、この夜の相手がチャンピオンシップ(2部)であることを差し引いても、ベラミーがアンフィールドのフォワードの序列においてこの大きなジョーディーの立場を脅かしている雰囲気だ。

リバプールの監督であるケニー・ダルグリッシュは、実り無き1シーズンの後にアンフィールドを去った32歳を、移籍市場の締切日に獲得することを本能的に決断したが、この判断は正解だった。この日の素晴らしいパフォーマンスにより、ベラミーが今後起用されるチャンスは増していくことになるだろう。

今後はこの日ブライトンよりは難しい挑戦になるが、ベラミーはダルグリッシュの前向きなサポートに応える固い決意をもっている。それは、獲得の際にダルグリッシュがこのように語っていたことにもよる。「ベラミーはリバプールのファンで、いつもクラブのためにプレーしたと思っていた。彼はその機会をまた得たんだ。年齢を重ねれば、その分チャンスは減って行くものだが、彼がそれを掴みたいと思っている。ここに来るために、いくらかの犠牲も払っているしね。」

「彼は練習を熱心にするし、スピードで常に脅威を与えられる。いつも何かを起こす予感を漂わせているんだ。今は賢明になったし、経験を実にうまく活用している。我々には理想的な補強だったし、我々を本当に助けてくれる存在だ。今は彼が25歳の頃よりも良いプレーヤーになっていると思うね」

ベラミーはスピードとコンスタントな運動量を活かすコンビをスアレスと組んだ。開始7分の先制ゴール、そのすぐ後にも数インチ外れたヘディングを合わせて見せ、この相互理解は前半のリバプールのパフォーマンスの心臓だった。彼らが見せた運動量と流動性は、ダルグリッシュが実現したいパス&ムーブのスタイルの理想的なテンプレートだったと言える。



ダルグリッシュはベラミーのパフォーマンスを喜んだ。「彼はフットボールを愛している。ファンタスティックだった。彼がチームに加入して『貢献したい』と言ってから、本当にわずかな時間しかかからなかった。気合いも入っているし、フィットしている。クラブとサポーターを愛してると言うと感傷的に感じるだろうが、実際彼はそうで、できる限りのことをしたいと思ってるんだ」

キャロルにも当然役割があるが、今のリバプールが、スアレスをハブにしてカイトのエネルギーを加える、よりスムーズなスタイルをとっていることからは逃れられない。そしてベラミーが、彼もまたその一部になれることを示した。否定するにはあまりに重要な選手には違いないが、試合終了後の静かなアメックス・スタジアムでジョグを繰り返すキャロルは、予期していなかった新たなる挑戦が、短期で論争を呼びがちとはいえ才能にも恵まれたベラミーによってもたらされたことに気付いただろう。

Tuesday, September 20, 2011

勤勉なマタがチェルシーにもたらす教養ある作法

この夏、チェルシーの中盤活性化の切り札としてヴァレンシアからやってきたフアン・マタ。クラブからは背番号10が与えられ、その期待の高さが窺い知れる。インテリジェンス溢れる選手と言われるが、そのバックグラウンドとは。


++(以下、要訳)++

フアン・マタは、学位の取得に励みながらチェルシーでプレーする初めての選手ではない。グレアム・ルソーは1987年にチェルシーに加わった時には、当時のキングストン・ポリテクニックで社会学と環境学を学んでいた。ルソーは夕方の考古学のコースにも通っていたが、最初のスタンフォード・ブリッジでの日々ではあまり輝くことができなかった。後に彼は自伝で「過度に真面目でガリ勉だった。孤独だったしイジメに遭っていた」と振り返り、教育を受けた選手はそうした問題に陥りやすいとも付け加えた。

ドレッシングルームというのは厳しい場所であろうし、ルソーが見ていたように、フットボーラーが鎖国の国に生きているというのも、依然としてある程度は真実だろう。しかし時代は変わり、チェルシーも変わった。英語がまだ主流であるし、マタのように勉強をする選手というのも、彼を取材した記者が「実に知性溢れるフットボーラーだ」という程度には珍しい。それでも、グレン・ホドルやルート・フリット、ジャンルカ・ヴィアリ、ジャンフランコ・ゾラという流れを経て、教育への関心がルソーが感じていたような「安易なイジメの対象」の原因となることは無くなった。

それどころか、モダン・フットボールの世界では知性はアドバンテージになる。スペインでスポーツ科学の学位取得を目指し、今はマドリード大学の通信教育で体育とマーケティングを学ぶマタは、記者会見でもいくつかの罠に知性を以って対処してその賢明さを証明した。フェルナンド・トーレスのゴール欠乏症に質問が向けば矛先を巧みにそらし、イングランド人選手をスペイン人選手との比較で蔑むのは避け、レアル・マドリー時代のファビオ・カペッロとの関係についても握りつぶした。マタはスペイン語で話したが、英語の質問を翻訳する必要はなかった。

マタは「フットボールと勉強が並び立たないものだとは思わない。自分のキャリアに集中してるけど、勉強のような他のこともエンジョイしたいと思っている」と語る。これはフットボールの世界の伝統的なレジャーとも言えるパブ通いやブックメーカーでの賭け、ゴルフとは根本的に違う。この点で、マタは俊足と探究心で知られるかつてのウィンガーであるパット・ネヴィンを思い出させる。

ピッチにおいてもこの知性は、アンドレ・ヴィラス・ボアスがチェルシーをよりダイナミックに再編成しようとする中では非常に価値のあるものとなる。マタは監督について「交渉の時にもその話をして、僕は彼のアイディアに確信を得た。違うスタイルでやれるという話をしたんだ。彼はダイナミックで攻撃的なスタイルのフットボールが好きだからね。去年ポルトでたくさんのトロフィーを勝ち取る中でもそれは見せていたと思う」と語る。

チェルシーに来るようにフェルナンド・トーレスに熱心に誘われたというマタは、「素晴らしい選手がいる大きなクラブに来れるのは最高だ。トーレスのゴールなんて時間の問題だよ。偉大な選手だし、ゴールを決める能力があることは既に見せている。どの選手にも色々な時期があるけど、今シーズンは彼のシーズンになるよ。フェルナンドは選手としては今まで同じだと思っている。火曜日のレヴァークーゼン戦の出来は素晴らしかったし、ストライカーとして貢献していると思う」と続けた。自分のポジションについては、「僕は純粋なウィンガーじゃない。攻撃的な中盤の位置でプレーするのが好きだけど、他のポジションもやれるよ。左右や中央の好みは別にないんだ。ラインの間にいるのが好きかな」と説明した。

現在23歳のマタは、15歳でレアル・マドリーに加わったがBチームであるカスティージャでしかプレーできなかった。19歳の誕生日が近付く頃、元レアル・オヴィエドの選手で代理人でもある父親は、他のクラブが興味を示していることことから、レアル・マドリーは契約をオファーすべき、と提案した。しかし、当時監督だったファビオ・カペッロはそれに異議を唱え、マタはヴァレンシアに加入することになった。「カペッロにはチャンスをもらえなかったのか?」と聞かれると、マタは再び慎重にこう答えた。「僕はまだ若かった。契約が終わってヴァレンシアに行っただけで、そもそもカペッロとの接点はそんなに無かったんだ」

おそらくカペッロの考えではなかったのだろう。彼もやがて解任となるし、当時のスポーツ・ディレクターだったプレトラグ・ミヤトビッチは新たなウィンガーとしてロイストン・ドレンテ(今季エヴァートンにやってきた)と契約を進めていた。誰が過ちを犯したのであれ、マタがチェルシーに移籍した際にヴァレンシアが得た移籍金2,350万ポンドのうち、レアル・マドリーの取り分はわずかに46万ポンドだった。

Friday, September 16, 2011

依然大きいマンチェスター勢とバルセロナの差

アラン・ハンセンのコラムは前にも取り上げたけど、かつて「ガキにタイトルは無理」と評したマンチェスター・ユナイテッドがタイトルを獲って以降よく皮肉られてて、彼がユナイテッドを語るとすぐに引き合いに出されるのがちょっと面白い。今回は、プレミアを突っ走り始めた両チームでもまだバルサとの差は大きいって話。


++(以下、要訳)++

この夏のマンチェスターの両チーム、シティとユナイテッドの補強で、彼らとバルセロナの差は縮まったと考える者もいるだろうが、私はまだその差は大きく、バルセロナは遥か先にいると考えている。

チャンピオンズリーグの相手と国内のプレミアリーグの相手は全く別物なのだ。国内では、ユナイテッドもシティの脅威を肌に感じていることを否定はしないだろう。トップにいる間は、次の挑戦者を探し求めるものだが、チェルシーがその座に留まる一方、シティもそのポジションに居座りそうな気配だ。ユナイテッドのように、シティも2枚の紙に別々のスターティング・イレブンを書いても依然として強力な選手層を持っている。

しかし、ユナイテッドとシティが次のミュンヘンでのチャンピオンズリーグ・ファイナルに向けてマンチェスター人が支配する時代を宣言しようと、サー・アレックス・ファーガソンとロベルト・マンチーニはバルセロナによって敷き詰められた障壁を乗り越えて行かなければならない。

プレミアリーグのトップでつば競り合いをする両チームだが、チャンピオンズリーグではあらゆる面でユナイテッドに一日の長がある。ユナイテッドには経験があり、この4年で3回ファイナルに進出、選手たちもチャンピオンズリーグの勝ち方を知っている。

しかし、同時に彼らには大きな舞台でまたバルセロナに負けるのではない、という不安も持っている。もし、ユナイテッドがどこかでバルセロナと対戦する機会があったとしても、勝敗はピッチ上で起きたことによっては決しないだろう。

ユナイテッドは心理的な恐怖感を克服する必要があり、それはバルセロナに勝つことによってしか成し遂げ得ない。これをセミファイナルかファイナルで実現する必要があると考えると、その壁の高さが分かるというものだ。

シティにとっての挑戦は種類の異なるものだ。彼らにはユナイテッドのような恐怖感は無い。しかし、マンチーニのチームが信じ難い攻撃面での才能と中盤の強さを持つ一方で、守備面でのオプションに懸案材料を見てとれるだろう。

彼らには、ジョー・ハートに代わるトップレベルのゴールキーパーがいないし、ヴァンサン・コンパニがプレミアトップ3レベルの良い選手である一方、ジョレオン・レスコットはそこにはあてはまらない。左サイドバックはシティの決定的な弱点だ。アレクサンダル・コラロフとガエル・クリシーの2人は前には出られるものの、守備面で説得材料を欠く。ヨーロッパでシティはこうした弱点からプレッシャーを受けることになるのだ。ディフェンスはトップレベルになく、特に左サイドのレスコット、コラロフ/クリシーはチャンピオンズリーグのレベルにないと言わざるを得ない。

ここまでのユナイテッドとシティの印象的なパフォーマンスはあるにせよ、ヨーロッパでは全く異なる挑戦を経験することになる。シティは国内で感じたことのないプレッシャーと向き合う必要があり、特にアウェーでそれは顕著になるだろう。よく組織されたチームには手を焼くだろうし、マンチーニのもと、選手たちは11人が一丸となってこれを克服しなければならない。

シティはナポリ、ヴィジャレアル、バイエルン・ミュンヘンとともに典型的な「死の組」に入っており、我々はシティがいかに優れたチームで、決勝トーナメント進出に向けていかにチームとしてコレクティブに戦えるか、見ることができるだろう。

ユナイテッドの若手が際立った活躍を見せている一方で、サー・アレックスは経験はヨーロッパでの経験がモノを言い、彼らにはまだそれが無いことを分かっているだろう。彼らはイングランド代表ではプレーしたかもしれないが、ヨーロッパの舞台は代表とはまた別の生き物だ。人々は彼らなら2秒で慣れると言うだろうが、そうシンプルな話ではない。

サー・アレックスのチームには経験ある選手がいて、チームは程良いブレンドで進歩していくことができるだろう。それでもすべての話はバルセロナに戻ってくる。なぜならば、仮にユナイテッドかシティがチャンピオンズリーグを制するとしたら、それはバルセロナが頂点から陥落することを意味するからだ。

それが起きるには、どのチームかがバルセロナを倒せるだけの力をつけねばならないが、対抗するチームの前には長い道のりがあるように思えるのだ。

Monday, September 12, 2011

スコット・パーカー、回り道した脚光

個人的に物凄く嬉しかったスコット・パーカーのスパーズ加入。昨シーズンこそフットボーラー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど脚光を浴びたが、それまではイングランド代表にも定着できず、必ずしも順調なキャリアではなかった。実際、メディアで取り上げられる際にも、「代表の最初の4キャップがすべて違うクラブ」といった小ネタが付け加えられることも多い。その彼がスパーズに辿り着くまでの道程を「テレグラフ」紙のヘンリー・ウィンター記者がコラムにしている。


++(以下、要訳)++


一躍有名人になったこのCMへの出演から17年、尊敬は集めるもののトップランクのミッドフィルダーとはみなされないキャリアを歩んできたが、スコット・パーカーは再び一躍スターとなった気分でいる。彼はフットボーラー・オブ・ザ・イヤーであり、イングランド代表の欠かせぬ歯車であり、ボールを蹴る前からスパーズが抱える問題への解答として迎えられた。

スパーズ・ロッジでのトレーニングを前に、パーカーはこの急なメインストリームへの上昇や、ファビオ・カペッロのイングランド代表で、ジャック・ウィルシャーとスティーブン・ジェラードの後ろを締めるファーストチョイスのアンカーとして重要な役割を担うようになったことを思い返した。このスターへの旅路の裏には何があったのだろうか。

「キャリアの最初の頃はまだメンタル的にも未熟で、色々な事で落ち込んでいた。僕はいわゆる小さなクラブのチャールトンにいて、そこからビッグクラブ(チェルシー:2004年)に移ったんだけど、オーナーが補強に何百万ポンドも投資している時で、僕には都合が悪かった。そこは考え方だけど」フランク・ランパードとクロード・マケレレが彼の前に立ち塞がっていた。

「ニューカッスルに行ったけど、サム・アラーダイスはあまり僕を気に入らなかったみたいで、僕の本当のプレーを見る間もなく僕を売ってしまった」と彼は続けた。そしてパーカーはウェストハムで周囲を魅了し、チームは苦難の道を歩んでチャンピオンシップに降格してしまったものの、個人として輝いた。キャプテンに批判の声は上がらず、賞賛と名誉が彼に寄せられた。しかし、なぜ今がパーカーの「プライムタイム」なのだろうか?

「僕はいまハッピーだし、フットボール以外の部分も落ち着いている。家族は落ち着いていて、子供たちも学校に通っているから、気にしなきゃいけないことが無いんだ。それでこの2年間、素晴らしいパフォーマンスを発揮できているんだと思う。プレーのレベルや自信は以前より高い水準になった。半年前は代表メンバーに入るのも一苦労だったけど、今は随分良くなった」5月にフットボーラー・オブ・ザ・イヤーに選出されたことも、彼が自信を深める助けになった。

「賞賛を浴び、自分のしていることに敬意が払われれば、自信につながる。誰だって同じことさ」彼はそう付け加えた。

パーカーが熱烈な賞賛を浴び、トップチームへの移籍を実現した理由のひとつは、監督やメディアがアンカーの価値を益々評価するようになってきたからだ。パーカーも、「イングランドにはテクニックに秀でて、ボールを持たせたら一級品の中盤の選手が沢山いる。でも僕がやっていることはそうした選手たちとは違うんだ。スパーズには素晴らしい選手が沢山いるけど、メンバーを見れば、特に守備面で僕が貢献できるところある」と語る。

「チェルシーと契約した時、僕はクロード・マケレレと一緒だったけど、彼がこの役割を見出したと言ってもいい。彼にはどうやってゲームの流れを読むのか、多くを教わった。まず最初に彼を見ることが出来たのは大きな助けになった」

「その役割には何の不安もないし、エンジョイしているくらいで、僕にとっては最も自然なんだけど、去年はどんどん前に出るようになった」確かに彼は、彼の子供の頃のアイドルであるポール・ガスコインや今の代表のスティブン・ジェラードやフランク・ランパードのように前に出てゴールを決めることが出来る。「僕が成長している頃、ジェラードやランパードも若かったけど、彼らはビッグクラブにいた。だから、彼らの良いところ - 動き、アシスト、ゴール - を研究したよ」

スパーズの監督であるハリー・レドナップはこう語る。「スコットは完璧なオールラウンドのミッドフィルダーだ。私にとって、彼は守備的な選手ではない。彼は前線に出て行って、ゴールを決めたり、そのチャンスを創ることができる。そして彼はリーダーでもある。いつの日か彼が監督になることがあれば、良い監督になると分かるよ。息子(ジェイミー・レドナップ)とも友達で、夕飯に一緒に出かけたよ。選手のことなんかも聞いたけど、彼は良い意見を持っていたね」

攻撃に参加することも許されるだろうが、彼のスパーズでの主な役割はディフェンスラインの前で盾になり、ルカ・モドリッチを前に押し上げることだ。サンドロが復帰してフィットすれば、パーカーとコンビを組ませ、モドリッチをサイドかエマニュエル・アデバヨルの後ろに置くことも出来るだろう。

レドナップは、QPRやストーク・シティもパーカー獲得に関心を示す中、賢明に動く必要があった。パーカーは、ファビオ・カペッロの代表に選ばれ続けるには降格したクラブを出る必要があり、カペッロもそれを公言していた。パーカーは、「チェルシーも動いていたけど、あれは多分ローンでハマーズはあまり話に熱心じゃなかった。もしチャンピオンシップでプレーしてたら、ヨーロッパ選手権に出るのは難しくなっていたと思う。自分の国のためにプレーできれば、それはキャリアの絶頂になる。僕にとっては重大なことだ。イングランド人はみんな代表でプレーすることを名誉に思っているし、僕たちは皆幸運だと感じている」

パーカーは、33歳にしてもう代表キャリアの峠を越えた、というランパードに向けた中傷には「信じられない」と首を振る。「ランパードへの批判は厳しすぎると思う。フランクは僕がチェルシーに加入した瞬間から目標にしてきた選手だ。ジョン・テリーが言ってたけど、僕もそんな風に誰かを切り捨てたりはしない。彼は強いハートの持ち主だし、人々が間違っていたと証明できるはずさ。年齢を重ねた時にいくつか悪い試合があるとそう言われるものなんだ。フランクはスロースターターかもしれないけど、ワールドクラスの実力でまだチェルシーにも代表にも貢献するはずさ」

「今や選手は長くプレーするようになった。僕は4年契約でスパーズに来たけど、ここを最後のクラブにしたいと思っている」パーカーはそこで言葉を止めて笑うと、私のいぶかしげな視線に気付いた。「ああ、計算をしているんだな。4年たったらコイツは34歳、もう走れないだろうって。でもこの世界の進歩は早くて、スポーツ科学、栄養学、飲む物から自分の体の手入れまで、プロフェッショナルなアスリートであるために出来ることは沢山ある。契約が終わるときにもまだまだやれることを証明したいと思っているよ」

「スポーツ科学のことはよく研究してるんだ。皆が注目するプレミアリーグや代表でやってれば、相手より1%上回れることにどれだけインパクトがあるかは分かっている。僕は毎日向上しようとしているし、ハリーの下でも成長できると確信しているよ」

30歳を超えて脚光を浴びるスコット・パーカーは、ますます強靭になっている。

++++

記事はスパーズでのデビュー戦となったウルヴズ戦を控えてのものだったけど、そのウルヴズ戦はまずは手堅いプレーで存在感を示してくれた。いきなりの満点なんて期待してないし、この先ジワジワ連携も深めて、スパーズ・レジェンドの一人になってくれたら嬉しいわ。

※ちなみに記事ではパーカーをハマーズのキャプテンと言っているけど、昨シーズンの実際のキャプテンはこの間ストークに移籍したマシュー・アップソン。アラーダイスもインタビューでこのことを念押ししてたけど、それだけのリーダーシップってことだね。

Friday, September 9, 2011

アーセン・ヴェンゲルの栄枯盛衰

久々のサイモン・クーパーのコラム。どっかでバカンスでも取ってたんだろうか。この間、アーセナル本部の混乱模様をピックアップしたばっかで気が引けたけど、彼も取り上げずにはいれないトピックなんだろうな、これ。違うな、と思うのはモナコ時代まで辿るあたり。


++(以下、要訳)++

1988年、当時モナコの監督だったアーセン・ヴェンゲルは、カメルーンでプレーする若いリベリア人選手を追跡していて、毎週ジョージ・ウェアに関する興味深いレポートを受け取っていた。最終的にヴェンゲルは試合でのプレー視察のためにスタッフを送り込むと、そのスタッフがこんな電話をよこしてきた。「悪い知らせは、ウェアが腕を骨折したということ、良い知らせは、それでも彼はプレーを続けたことです」

ヴェンゲルはこれを気に入った。ウェアは飛行機でモナコにやってきて契約にサインしたが、依然としてみすぼらしい気分で座っていて、まだ1セントも貰ってないと不満をこぼした。ヴェンゲルは500フランスフラン(当時の50ポンド程度)を自分の財布から出し、ウェアに手渡した。プライベートでは話し上手なフランス人監督は、これをウェアの「契約ボーナス」だったとして冗談にしている。今ではリベリアの政治家であるウェアは、最近ヴェンゲルが彼に言っていたことを思い出していた。「精一杯努力すれば、ヨーロッパのベスト・プレーヤーになれる」

「そうだな」とウェアは思った。しかし、ヴェンゲルは正しかった。1995年に、ウェアはフットボーラー・オブ・ザ・イヤーに選出され、彼はそのトロフィーをメンターに贈った。

この話は、何がヴェンゲルを偉大な監督にしたのかを良く語っている。彼のグローバルな眼、質を見極める力、そしてそれを安価に手に入れる才覚だ。それでも、その偉大さが彼を取り残した一面もある。彼のもとでアーセナルは2005年以来トロフィーを勝ち取っていないし、先月はより裕福なクラブに2人の選手を奪われ、マンチェスター・ユナイテッドには2-8で敗れた。多くのアーセナル・ファンはヴェンゲルにウンザリしていて、彼の下降はあらゆる面での開拓者たちへの警告となっている。

1996年にヴェンゲルが日本からアーセナルにやってきた時、イギリスの孤島の人々のフットボールが誰も持っていないノウハウを持ち込んだ。当時のイギリス人監督たちは海外になど目を向けなかったが、ヴェンゲルはあらゆる場所のタレントにアンテナを立てた。日本で働いている間にも、ACミランのリザーブチームにいたシャイな青年の世話をしていてミラノでよくその姿を目撃されたが、そのパトリック・ヴィエラは後にアーセナルの偉大なキャプテンとなった。ヴェンゲルは、当時ユヴェントスのウィンガーとしてベンチ暮らしをしていたティエリ・アンリに、君は本当はストライカーだ、と告げた。アンリは、「監督、僕はゴールなんて決めてません」と反論したが、彼はアーセナル史上最多のゴールを挙げるストライカーとなった。ヴェンゲルは、誰も目を付けていなかったティーンエイジャーのニコラ・アネルカやセスク・ファブレガスを発掘した。そうしてヴェンゲルは海外から選手をスカウトする恩恵を見せ付けた。

彼は栄養学のパイオニアでもあった。彼はアーセナルの選手たちに日本的な魚介類や茹で野菜を摂らせた。選手たちはバスの中で「『Mars』をよこせ!」とチャントしたかもしれない。そして経済学の学位を持つことから、イングランドのフットボールに統計も持ち込んだ。彼は、どの選手が何秒ボールを保持していたか、といった数字をチェックしていた。ジルベルト・シルヴァが放出されたのは、この数値がわずかに上がったためだった。ヴェンゲルは、フットボールの究極の理想である速いペースでのパスゲームを熱望し、これをアーセナルで実現した。「Invincibles」として名高い、リーグを無敗優勝した2004年のチームだ。

ヴェンゲルは開拓者ではあったが、革命家ではなかった。例えば、彼はアーセナルのイングランド伝統の無骨な守備をそのまま長きに渡って維持した。「私は変化をゆっくり導入した」と彼も思い返している。自ら言っていたことだが、彼の一番の資質はより経験のある人に耳を傾けることだった。

彼の目指す頂上は、チャンピオンズリーグ制覇であるはずだ。これには一度手を掛けた。2006年のファイナルでアーセナルはバルセロナを1-0でリードしていて、アンリはゴールキーパーと1対1になった。しかし、これをゴールキーパーが防ぎ、バルセロナが勝った。1年後、ヴェンゲルはアテネでACミランがリバプールを下してトロフィーを手にするのを観ていた。しばらくしてミラネーゼたちがメダルを受け取るのを見つつ、両手をたたき始めながらこう言った。「分かっただろう。チャンピオンズリーグを勝つにはごくごく普通のチームで良いんだ」鋭い視線を持つ数学者としてでも、どんな一発勝負も結果の行方は気まぐれであることを分かっていた。彼は幸運に恵まれなかった。

やがて彼は素晴らしい開拓者に付き物の運命に苦しむことになった。周囲が彼のすることをコピーし始めたのだ。ライバルクラブたちは、ヴェンゲルの国際スカウティングや栄養学・統計学の導入を模倣していった。フットボールの世界では、最もサラリーの高いクラブが勝つ。アーセナルの給与総額はイングランドで5番目の高さだ。多くの監督たちと違って、ヴェンゲルは手元にある資金だけを使う。彼はマンチェスター・ユナイテッドよりも早くクリスティアーノ・ロナウドを見出したが、より高い移籍金で彼を獲ったのはユナイテッドの方だった。アーセナルは資金を非常に注意深く使うため、通常は個別の移籍案件ごとに利益を生んでいる。

オークランド・アスレチックスのGMで、野球の世界でのパイオニアであるビリー・ビーンは、「私がヴェンゲルのことを考えて思い起こすのは、ウォーレン・バフェットのことだ。ヴェンゲルは彼のクラブを何百年も維持することを考えて経営している」と語る。ヴェンゲルは、より大きなスタジアム、エミレーツへの移転を陰から引っ張った。これまで一度たりともビッグクラブでなかったアーセナルは、今では世界で5番目の収入を上げるクラブになっている。それでも、短期的にはスタジアム建設にかかった負債が支出を切り詰める結果になっている。

さらに悪いことに、ヴェンゲルは素晴らしい開拓者のもうひとつの運命に苦しんでいる。彼は、過度に自分自身を好むようになってしまった。もはや彼が賢明な批判に耳を貸すことはなくなってしまい、自らの欠点をそのまま放置しているのだ。フィジカルの軽視やゴールキーパーのポジションへの盲目、資金があるにもかかわらず見出すバーゲン買いへの喜び、そしてゴールよりも完璧なパスの追求だ。アーセナルでの支配力が強くなりすぎてしまった今、誰もそれを正そうとしているようには見えない。クラブのCEOであるイヴァン・ガジディスも認める。「我々は民主的なクラブではない」

今シーズンは、ヴェンゲルのロンドンでの最後のシーズンとなるかもしれない。アーセナルでプレーしたい、というエリート選手はほとんどいない。彼がトロフィーを勝ち取ることはもう無いだろうが、彼がイングランドのフットボールを変えたのは事実で、彼の栄枯盛衰はあらゆる分野の開拓者たちの教訓となるだろう。

++++

前回サイモン・クーパーが「ファイナンシャル・タイムス」に出したコラムでもデータやヴェンゲルの話は取り上げられていて、彼にとっても興味深い対象だったのだな、と感じた。ま、あのコラムは早々に日本の雑誌に翻訳が載って若干凹んだけど。

Wednesday, September 7, 2011

ピーター・クラウチ、巨人の島に流れ着く

スパーズでチャンピオンズリーグ出場を決めるゴールをシティ戦で決め、チャンピオンズリーグでは、ACミランを破る決勝ゴールを決めたピーター・クラウチ。逆に、レアル・マドリー戦では早々に退場となり、次の出場権を手繰り寄せたかった昨季終盤のシティ戦では、1年前とほぼ同じ場所でオウンゴール。外見だけでなく、スパーズ・ファンには印象に残るシーンを演出してくれた選手だったが、今回のマーケットでストークに移籍することになった。そこで切り拓く未来とは。「テレグラフ」紙のジム・ホワイト記者による、アーセナルとストークの比較を交えたコラム。


++(以下、要訳)++

アーセン・ヴェンゲルがオールド・トラフォードで惨敗を喫した後に言ったことのうち最も驚いたのは、アーセナルが移籍を掌る部署に20人を雇っていて、日々アーセナルにフィットする才能の発掘と獲得を担っているということだった。この狂ったような夏の移籍市場が閉じると、我々は「このヴェンゲルに仕える20人の部署は残りの364日は何をしているのか」と聞きたくなるだろう。

8月31日のエミレーツは、クリスマス・イヴが近づく高速道路のサービスエリアのようで、売り場の棚はどんどん空っぽになり、どんなものでも残っていれば懸命に買物カゴへと入れられた。ライバル2チームで余剰人員となったケガがちなイスラエル人は、本当にアテになるのか?

いないよりはいい。他に誰も残っていなかったのだから。

アーセナルが公衆の面前で監督が長きに渡って大事にしてきた哲学を解体し、高い値段をつぎ込む24時間を見ながら、最初に浮かんだのはこのシステムへの批判だった。こんな条件でどうやって効率的なビジネスをするのだ?ある意味、「売る」クラブが締切間際のプレミアムを期待して待ち続ければ、最終的にはパニック買いを誘発するのは目に見えている。

それでも、この騒乱の真っ只中で非常に効率的に取引を進めていたクラブがある。

ストーク・シティはこの夏、非常に良い補強をした。彼らが獲得した選手は、ヨーロッパでも戦うチームを強くするだけではなく、その明快な意図を周囲に伝えるものだった。

記憶の良い読者であれば、コヴェントリー・シティで監督をしていたジョン・シレットを覚えているだろう。1987年のFAカップで優勝し「今まで随分長い間ウールワースで買い物してきたが、これからは買い物はハロッズだ」と語っていた。

結局コヴェントリーのその後はそうはならなかったが、この夏のストークはプレミアリーグでの安定感を取り戻し、世界で最も裕福なオンライン・ブッキング企業をオーナーに持つことから、まるでハロッズのカードを持つかのようなった。

そして、アーセナルの締切間際のパニックとは異なり、ストークの投資には、規模は別にして一貫性があった。ピーター・クラウチが6フィート7インチ、ジョナサン・ウッドゲイトは6フィート2インチ、そしてマシュー・アップソンとキャメロン・ジェロームは6フィート1インチ。トニー・ピューリスが得た果実は、バルセロナが主張する「チビこそ進む道」に鋭く反論するものとなった。

より標準的な5フィート10インチのウィルソン・パラシオスには当てはまらないとしても、ブリタニアでの選手獲得ポリシーはすべてメジャーで測って決められているのではないかと考えざるを得ない。4人の代表選手がストークにやってきたが、皆プレミアリーグとヨーロッパの舞台で実績があり、より重要なことに、皆何か自分を証明するものを持っている。

しかしながら、最も重要な取引はクラウチだった。彼は最後の最後にやってきた。スカイのカメラがストークのオフィスにいる彼の痩せ顔をとらえた時もまだ交渉は続いていて、ビッグベンはもう移籍市場の終了を伝えようとしていた。1,000万ポンドは安い買い物ではないが、価値を証明する甲斐があるというものだろう。これは冷静な頭脳と落ち着いた気性、そしてその脚のように長い実績の履歴書を持つ男なのだ。

昨シーズン、トッテナムのチャンピオンズリーグへの挑戦において、クラウチはファースト・チョイスのフォワードであり、10試合で7ゴールを決めた。アテにならないスパーズ時代のチームメイトの何人かと比べて、彼はケガにも強く、好不調の波も無い方であり、意志の強い努力家だ。それでも、彼の以前の雇用主たちは同じポジションに彼ほどの意志もなくゴール数も少ない選手を残しつつ、彼を売ることを決めてきた。

奇怪なフットボール財務の世界においては、クラウチは彼の売却につながる一貫性を持っているのだろう。彼の監督が補強で誰かを連れてこようと思えば、誰かのサラリーを削る必要があるのだ。そして、彼の会長がルカ・モドリッチをキープすることで名誉を守るのだとすれば、ハリー・レドナップにとって最も売却の容易な資産はクラウチだったのだ。結局のところ、誰もロマン・パヴリュチェンコにはオファーを出さなかった。

これはクラウチのキャリアの中で何度も起きてきたことだ。最初にスパーズで。次いでQPR、リバプール、ポーツマスでも起きたが、その間、誰を失望させることもしなかった。

イングランドでも同様だ。ファビオ・カペッロはクラウチの誰もが羨むようなゴール実績を否定し、アンディ・キャロルの屈強な体躯と比較して説得力が無いと考えている。事実は、その体格から、彼はフットボールのスタイルの変化による影響を最も受けやすい、ということだ。

これはつまり、彼は遂に自分に相応しい場所にたどり着いた、ということを意味する。結局のところ、ストーク・シティでは背の高さが原因で選手同士が争うことなど無い。

クラウチは遂に彼が属する「巨人の島」という場所に歓迎されたのだ。

++++

細長い体系が自分に似てて、クラウチは相当に感情移入する選手だったから、スパーズを出るのは残念だったけど、行き先がストークだった時は安心もした。背に目が行きがちだけど、俺はあの柔らかいタッチのプレーが結構好きなんだよな。このあいだ取り上げたウッドゲイトと同じくスパーズ⇒ストークの移籍。プレミアだけじゃなくて、ヨーロッパ・リーグでも対戦できるかなぁ。

Saturday, September 3, 2011

爽快なイングランド代表とカペッロ采配

フランク・ランパードのスタメン落ちや、4-2-3-1の採用で話題となった、ユーロ予選のブルガリア戦。これまでと異なるキャラクターを見せたイングランド代表は、アウェーでキッチリと結果を出して見せた。その変化について、「ガーディアン」紙のリチャード・ウィリアムス記者のコラム。


++(以下、要訳)++

新しくスマートなオックスフォードとケンブリッジの濃淡の青を身にまとって現れた彼らは、金曜の夜の試験を何のトラブルもなくやり過ごした。遂に実現したモダンで合理的な4-2-3-1への適応は、信頼性のある守備と柔軟性のある攻撃をもたらし、いつもと変わらぬ平凡な相手から常時主導権を握り続けた。

スタジアムでは発煙筒や花火が焚かれ、ブルガリア人をオスマン・トルコから解放した19世紀の英雄をあしらった横断幕が掲げられたが、数千にのぼる空席が実際の熱狂度を語っていた。ローター・マテウスのチームは、1年前にウェンブリーで敗れたスタニミル・ストイロフ時代から何の改善も見せなかった。

ソフィアのヴァシル・レフスキスタジアムには、フリードリヒ・シラーの語録である「戦う時こそ真の男」という言葉が、元々のドイツ語と翻訳のブルガリア語で掲げられている。おそらく、この18世紀の哲学者の言葉でファビオ・カペッロ率いるイングランドにより関連があるのは、「暴君の権力には限界がある」の方だろう。

カペッロは、どちらかというと各イベントを仕切るよりも、そこに雇われるタイプの人間だが、3年半前のイングランド代表就任時に求められていたのは、仕切り屋だった。現在の才能ある若手登用の流れは、彼が強いられた類のものであるが、金曜の夜を見る限り、彼はそれを最大限利用したように思われる。

彼が選んだメンバーは興味深いものだった。伝統的なセンターフォワードや守備的な中盤は置かず、先発にフランク・ランパードの名前は無かった。徐々に、徐々に、ではあるが、古い世代は陰へと追いやられ始めているのだ。リオ・ファーディナンドの背番号5はギャリー・ケーヒルが着け、このボルトン・ワンダラーズ所属のディフェンダーは、4キャップ目をセットプレー後に混乱する相手ディフェンスを尻目にゴールキーパーの股を抜く自身のゴールで祝った。

そしてセンターフォワード無しとは一体何だったのか?ケーヒルのゴールの6分後にはウェイン・ルーニーが、代表での1年ぶりのゴールを右コーナーキックからのヘディングで決めた。こんな荒らしい場面は今では伝統的なものだが、おそらくナット・ロフトハウスは誇りに思うだろう。前半終了間際にはイングランドの3ゴール目を奪った。

3点をリードしたイングランドのパフォーマンスの中で戦術的に興味を引いたのは、テオ・ウォルコット、アシュリー・ヤング、そしてスチュワート・ダウニングがルーニーの後ろのラインで自由なポジションチェンジを許されていたことだろう。ピッチを駆け回るように、3つのポジションを順々に入れ替わっていた。ギャレス・バリーとスコット・パーカーが後ろに控えていたことで、このクリエイティブなトリオは、ディフェンスのことを気にかける必要はほとんどなかったし、バリーとパーカーの2人は創造性を発揮する負担を感じずに済んだのだ。

3点目は、ウォルコットが右サイドから中に切り込み、外のヤングに開いたパスを、ヤングが絶妙なクロスでルーニーに折り返したものだが、これはブルガリアのディフェンスの欠陥を更に曝すことになった。しかし、自信に満ちた滑らかな展開は印象的で、イングランドはかなり前掛かりだった。

ブルガリアを下した昨年の代表デビューからの1周年を翌日に控えていたケーヒルは、ハーフタイム前にはいくつかの決定的なディフェンスで貢献したが、この日のチーム最年少だった21歳のクリス・スモーリングは、いくつかの不安定さと右サイドバックでの経験不足を露呈し、逆サイドからのクロスがマルティン・ペトロフに渡って危険な場面を招いた。

後半のイングランドはいつもの効率性の問題が顔を出し、集中していればスコアを倍にもできたはずだったが、それでもこの日のイングランド代表はアウェーの地でホームではできないようなポジティブなフットボールを展開した。ウェンブレーで迎えるウェールズ戦は、このムードを維持できるかどうか、もっと言えばカペッロの影響力の深さの興味深いテストとなるだろう。

Thursday, September 1, 2011

締切間際のアーセナル本部

セスク・ファブレガスとサミ・ナスリの移籍と、週末のマンチェスター・ユナイテッド戦の歴史的な大敗を受け、プレッシャーに満ちた移籍市場の締切を迎えたアーセナル。本部の混乱ぶりをBBCのダン・ローン記者が克明に描いている。


++(以下、要訳)++

時計は21時を回り、ハイバリー・ハウスにあるアーセナルの本部とスタッフたちは、トランスファー・ウィンドウ史に残る狂乱状態となった数時間を経て、皆くたびれ果てていた。

社長室では、イヴァン・ガジディスが一日中代理人や他クラブのスタッフに電話をかけまくっていた。彼は、セスク・ファブレガスとサミ・ナスリの売却で可能となり、2-8で敗れたマンチェスター・ユナイテッド戦で必須となった投資を実現させるために必死だった。

そこから数ヤード離れると、クラブの秘書であるデイヴィッド・ミルズ、会計責任者のスチュワート・ワイズリー、トップ弁護士のスヴェニャ・ガイスマーらが怒り狂ったかのように登録文書を埋め、プレミアリーグに念を入れてメールしていた。クラブの財務・法務部門の約20人のスタッフは、かつて記憶にないほど懸命に働いた。

メディカルチェックが済むと、マーク・ゴネラ率いるクラブの広報部門が呼ばれ、ウェブサイト用のインタビューがクラブのロンドン・コルニー練習場で収録された。そこから100ヤード離れた道路には、BBC、ITN、スカイの報道担当が新情報を生中継している。

火曜日の韓国人パク・チュヨンに続いて、ドイツ人のペア・メルテザッカー、ブラジル人のアンドレ・サントスの獲得が決まり、次に放出の話が進んでいた。出口に向かうのはジル・スヌとジョエル・キャンベルがともにロリアン、交渉が長引いたヘンリ・ランスベリーがウェストハムに加わることになった。ニクラス・ベントナーのサンダーランド行きとチェルシーからのヨッシ・べナユンのローンはまだ決まっていなかったが、光明は見えていて、どちらもやがてサインにこぎつけるはずだった。

興奮状態の残り数時間を迎えながらも、ハイバリー・ハウスにはフラストレーションがたまっていた。ファンが求める中盤の看板選手の補強が、アーセナルの手から滑り落ちていた。ミケル・アルテタへの500万ポンド、1,000万ポンドのオファーはエヴァートンに拒絶され、ファブレガスとナスリによって空いた中盤の穴は埋まらないままだった。

そこに突然希望の光が射した。アルテタがエヴァートンの監督であるデイヴィッド・モイーズに明確にアーセナルへの移籍志願を表明したのだ。エヴァートンはこれを妨げない決断をし、23時が近づく中、動きが再開したのだ。時間に間に合うだろうか?

元スカウトのリチャード・ローが中心となって移籍を取り仕切る運営チームも、急いで仕事に戻った。ガジディスもすぐにアーセン・ヴェンゲルに電話をかけ、吉報を伝えた。ヴェンゲルはUEFAの監督会議に出るためにスイスにいたが、常にガジディスとコンタクトはとっていた。この段階では、まだクラブのメイン株主であるスタン・クロエンケもクラブの役員たちも関わっていない。意見を聞いている時間は無く、決断を迅速に下す必要があったのだ。23時過ぎ、アーセナルはアルテタの獲得をアナウンスした。しかし、この最後のスクランブルが、見劣りするメンバーを活性化できただろうか?

ファンサイトの「Le Grove」を運営するピート・ウッドは、この最終日は、クラブの本気度が試された日だったと考えている。「結果的に自分たちで課した時間制限に対して、アーセナルは格段の進歩を見せた。昨日で、トップ4がまた現実的だと思えるようになったが、この夏が成功だったかといえば答は『ノー』だし、クラブが進歩したかといえば、それも『ノー』だ」

「しかしながら、マンチェスター・シティやチェルシーのような何億ポンドも投資できるクラブが出てきて、リーグ優勝争いはもうアーセナルのファンが期待する基準ではない、ということを認める時なのかもしれない。別にこれは誰も口にしたくないような話ではないけどね。この夏、アーセナルもアーセン・ヴェンゲルも怠慢だった。最後の2日間でやった仕事は、6月に済ませておくべきだったんだ」

アーセナル・サポーター基金のティム・パイソンは、より批判的だ。「ミケル・アルテタとペア・メルテザッカーはいい取引だが、真実はより好ましかった2人、フアン・マタとフィル・ジャギエルカを獲れなかったということだ。疑問は、クラブはチケット代を6.5%上げ、450万ポンドの純利益があるのに、なぜそれが使われないのかということだ」。アーセナルのファンは確かに「なぜ、世界でも有数の金持ちであるクロエンケとアリシャー・ウスマノフが大株主にいるのに、移籍金や給与で他クラブに競り負けるのか」を聞く権利がある。

締切日のアーセナルは、間違いなくエキサイティングで、トラウマを持つファンに恵みをもたらし、確かな才能でチームを補強した。アルテタ、ベナユン、ジャック・ウィルシャー、アーロン・ラムジー、ロビン・ファン・ペルシー、そしてテオ・ウォルコットが織りなす攻撃は脅威だろう。しかし、ハイバリー・ハウスのスタッフの頑張りも、ファンの期待の大きさ、失った選手たちのインパクトから判断するに、まだまだ小さく、遅すぎるのだ。

++++

個人的にアルテタの「チャンピオンズリーグなんてエヴァートンで出るさ」ってスタンス、好きだったけど。減給呑んだらしいけど、あとで上げてやれよな、アーセナル。

Tuesday, August 30, 2011

ダニエル・リヴィ会長の瀬戸際戦略がスパーズにもたらすリスク

スパーズのダニエル・リヴィ会長の補強戦略に関する記事。移籍市場の締切も近くて、賞味期限の短い記事になるかもだから取り上げるか迷ったけど、珍しいから勢いで。昨年はトランスファー・ウィンドウ締切直前に大幅な割引価格でラファエル・ファン・デル・ファールトを獲得し、サポーターがリヴィ会長に感謝するチャントまで作るなど、手腕が話題になるが、その「瀬戸際戦略」が落とし穴になるのでは?というのが「ガーディアン」紙の指摘。(※日曜にシティに1-5で敗れる前の記事)


++(以下、要訳)++

この夏もまた、トッテナム・ホットスパーの武闘派会長であるダニエル・リヴィが、瀬戸際戦略が大きなスリルをもたらす長く、大金のかかったポーカーでフットボール界を混乱させている。

スパーズのファンは、クラブの役員たちの戦いを、両面性をもって見ていることだろう。ルカ・モドリッチをホワイト・ハート・レーンにキープすべくチェルシーにジャブを繰り出している一方で、トッテナムの移籍市場に臨む戦略は、不必要に長引いていて、またエゴイスティックであり、クラブに不利益をもたらし得るものだ。

ひとつ確実に言えるのは、アーセナルのサポーターは、リヴィのような会長を望むだろう、ということだ。移籍市場において、アーセナルの動きは遅過ぎ、本気でメジャーなターゲットを狙ってはいない。最近でも、例えばボルトンのギャリー・ケーヒルを狙った低価格でのオファーは、移籍市場の初期ならともかく、このタイミングでは的外れだ。高給に怯えて動揺が走っているアーセナルと真逆なのが隣町のターミネーター、ダニエル・リヴィだ。他クラブに狙われるトッテナムの選手たちの値段を吊り上げ、売りたいクラブが提示する値段は大いに叩く。

金に男意気が伴えば当然活気は出てくるのだが、カウボーイ・ブーツを履いたポーカーの達人たちとラスベガスで延々競い合っているような会長を持つことにはリスクも伴う。そのひとつは確実性の無さだ。最後の最後まで交渉で粘り続ける傾向を持つならば、選手や監督・コーチングスタッフは、9月1日に夜が明けるまで、どんなスタメンになるのか、不安なまま過ごすことになる。

エマニュエル・アデバヨールでの獲得は、人々に示すことができる最低限の成果だ。それでも、これはローン移籍であり、アデバヨールの態度にもまだ疑念がある。彼がトッテナムを大陸のトップ5クラブへの移籍の手段として使うのであれば、トッテナムにとってもメリットとなるような輝きを放つ必要がある。この種の契約は、トップクラスのセンターフォワードを求めるハリー・レドナップにとっては一時的な解決策でしかない。他は今のところ、頑張ってブラジル人のレアンドロ・ダミアンに1,100万ポンドのオファーを出したと報じられているくらいだ。

モドリッチは必ず残ると固い意志を表明しているクラブにしては、その代役のリストアップは順調すぎるくらいだ。ジョー・コール、ラッサナ・ディアラ、スコット・パーカーはいずれもハリー・レドナップが熱望する選手たちで、ユヴェントスからは既にローンで若きアタッカーのファルケを獲得している。ここには、モドリッチの穴を新たな中盤の選手で埋めようというレドナップと、チェルシーに「クソッタレ」と言い続けるリヴィという構図がある。

背景には、スパーズのヨーロッパ・リーグへの参戦がある。昨年の素晴らしいチャンピオンズリーグでの冒険の後、スパーズはシティに打ち負かされ、ワンランク下の大会に降格することになった。スパーズの最終的な選手リストがまだ未確定である一方、セルヒオ・アグエロとサミ・ナスリを既に加えたシティの方が強いのは明らかだ。したがって、日曜日、ユナイテッドに敗れた6日後に対戦するシティとの一戦は、リヴィのサイのような交渉スタイルが成功するのか否か、良い判断材料になるはずだ。

ポジティブな要員も多々ある。最もダイナミックなギャレス・ベイルを残すことには成功しているし、若手選手の育成も強みとなっている。右サイドのカイル・ウォーカーは将来を嘱望され、ジェイク・リバモアはファビオ・カペッロの目にも留まった。先週半ばのハーツとの一戦では、ハリー・ケイン、トム・キャロル、ライアン・フレデリクス、ジェイク・ニコルソンといった計6人のアカデミー出身選手がプレーした。アンドロス・タウンセンドも未来ある選手の一人だ。

しかし、チームの一番表側では、チャンピオンズリーグ出場権奪回の必要があり、その意味ではキザな態度を取っている場合ではない。リヴィは、ラファエル・ファン・デル・ファールトは、移籍市場の最後の最後にやってきた、と指摘するかもしれないし、瀬戸際戦略は必ずしもカオスを意味するわけでもない。それでも、スパーズはトップクラブの中でも解決すべき問題が多いほうだ。

リバプールは、スチュワート・ダウニング、ジョーダン・ヘンダーソン、チャーリー・アダムの獲得に迅速に動いたし、シティはターゲットを定めては獲得した。ユナイテッドは余計な考えは無しにして、フィル・ジョーンズ、ダヴィド・デ・ヘア、アシュリー・ヤング等を補強してきた。チェルシーがモドリッチを追うのはトッテナムの誤りではないが、スパーズの夏は、ひとりのスター選手を確保し、万が一彼が移籍した場合の代替手段をあれこれ考える、非常に長い苦闘の夏となったようだ。

我々も知るように、レドナップは直感で動く。彼はかつて指導したコールやディアラを知っているし、いつでも良いタレントをチームに加えようとしている。しかし、生まれながらの才能発掘者の本能は、交渉から喜びを得る会長の強固なビジネス倫理とは衝突する。トッテナムの移転問題(オリンピック・スタジアムかノーサンバーランドか)でさえ、その衝突の場となった。

チームの選手のひとりの値段を提示されれば、リヴィは決まって「もっと値段を上げるべきだ」と言ってきた。リスクを取るべき世界において、それは何ら間違ってはいない。結果が下降線をたどらない限りは。

++++

リヴィ会長については、特にスタジアムの問題に対するスタンスを見ているとビジネスマンとして深いなーと感じるし、戦う会長って感じがする場面も多い。他クラブが割と現場のことは放任するのに対して、リヴィの移籍市場でのコミットぶりは見てて興味深い。ただ、クラブとして一枚岩であってほしい。