Friday, April 5, 2013

ブレンダン・ロジャースはリバプールを改善したのか?

昨年の6月に「ブレンダン・ロジャース、リバプールでの挑戦に準備万端 」というBBCの記事を紹介した。リバプール監督就任を目前に控え、彼の指導者としてバックグラウンドや特長を描いた興味深いものだったが、それを発揮して、チームをどこまで導いてきたのだろうか。シーズンも終盤に差し掛かり、当初躓きも多かったチームは次第に質の高いプレーも時折見せるようになってきた。その6月の記事を書いたベン・スミス記者が、ここまでを振り返る特集記事を良いタイミングで書いていたのでピックアップ。


++(以下、要訳)++

プレシーズンの時点で、ブレンダン・ロジャースはオーナーのジョン・W・ヘンリーに180ページに及ぶマニフェストを手渡していた。その文書は、「魅力的な攻撃フットボール」をプレーするための意欲が事細かく記され、この40歳の監督が抱くリバプールのビジョンが描かれていた。

彼のフットボールのイデオロギー、トロフィーを勝ち取るための詳細なコミットメント、そしてクラブが正しい方向に進んでいくために、スタートとなる新シーズンから「可能な限り多くの若手選手を引き上げる」意欲について説明していた。

8か月が経ったが、リバプールの謎は今も街を覆っている。絶好調だったトッテナムに競り勝ったかと思えば、次にはサウサンプトンに敗れているのだ。ロジャースの下でのリバプールが未だに議論になる理由は、この一貫した不安定さが全てを説明している。

彼を中傷する者は、 重圧に打ち勝つチームを作るための血統書や能力を疑っている。彼を賞賛する者は、敗戦の時でも良いプレーをしている、と良い時も悪い時も変わらないビジョンと哲学について語る。

67歳のビル・ジェイミソンは、生涯追いかけてきたクラブで今までに何度も起きてきたことだ、と語る。彼は、ボールド・ストリートにあるセント・ルーク教会の階段に座り、脇の下に「リバプール・エコー」紙を抱えつつ、紅茶を飲んでいた。「そうした希望を持つと大変なんだ。上がって行けばやがて落ちるし、下降しても上向きになる。ブレンダン・ロジャースがやってることは好きだよ。でも、今季が教えてくれたことは、それには時間がかかる、ということだ」

スウォンジー、ノリッジ、ウィガンに勝った後のスパーズとの接戦をモノにした時には、ヨーロッパの舞台に滑り込むためのラストスパートを思わせ、多くの人々にリバプールは良い方向に変わって行ってると確信させている。勝利を重ねることによって各々が発揮するパフォーマンスにも粘りが出てきて、元来持っていたポテンシャルが戻ってきた。

しかし、サウサンプトン戦の成す術も無い敗北は、その楽観を消し去ってしまった。それはクラブの不安定な進歩の典型であり、スタイリッシュであるが本質を欠き、美しいが逞しさを欠き、威勢は良くとも深くはえぐれない。

ウィリアム・ストリートにあるクラブ・ショップの外で、トニー・ウィリアムソンは、リバプールのスカーフを首に巻いた7歳の息子のスティーブンと共にいた。トニーは「今シーズンは、自分たちで難しくしてしまったようなものだ。メンタル面での脆さでバラバラだった時もあったしね。アウェーのサウサンプトン戦、ホームのヴィラ戦、FAカップでのオールダム戦、リーグカップでのスウォンジー戦・・・、ダメだった時はあるさ。それでもロジャースはウチを前進させてると思うけどね」

数字の上では興味深い点もある。監督に就任したその日に、ロジャースは早速「ゴール数」という重大な欠陥を把握していた。

それが今季のゴール数は、過去20年間ほど無かったレベルに達している。リーグ戦8試合を残して、1995-96シーズン以来最高のゴール数なのだ。プレミアリーグでのゴール数は2位、30試合で57ゴールというのは、昨季38試合の合計よりも既に多いし、マンチェスター・ユナイテッドに次ぐ2位でフィニッシュした2008-09シーズンの同時期と比べても8ゴール上だ。

このゴール数増加については、ルイス・スアレスによる貢献が大きい。決定率が9%上がり、ゴール数は12から22にまで増加している。それだけでなく、他にも13人もの選手がゴールを決めているのだ。しかも、話はこれだけで終わらない。

昨シーズン、ファイナルサードでのプレー率がリバプールより高かったのは、バルセロナくらいだった。それでもレッズは、ノリッジ・シティにも降格したブラックバーン・ローヴァーズにも敗れた。

ロジャースのリバプールは同様にボールを前に運んではいるが、その手法はより入念だ。彼のやり方がリバプールのやり方であり、その逆もまた然りなのは、ケニー・ダルグリッシュ時代と同じだ。しかし、この新監督は、最悪とも言える夏の移籍マーケットを経ながらも、徐々にチームを改善していった。

リバプールについてのブログ、「Anfield Road」を書くジム・ボードマンは、「最悪の夏のマーケットは大きなダメージだったが、それは金銭の問題だけでなく、監督に対するクラブ上層部からの信頼が欠けているという点でもだった」

8月にクリント・デンプシーの獲得失敗という誤りがあったことから、1月のリバプールでは皆がより慎重だった。8月にも獲得できたはずだったダニエル・スタルリッジを冬に移籍マーケット開始直後に獲得し、これに、長きに渡ってターゲットだったフィリップ・コウチーニョが続いた。

ボードマンはこう続ける。「冬の移籍マーケットは、ロジャースの考えを理解し、彼が喜んで使う選手を獲ることに主眼があった。それがどれだけの違いをもたらしたことか」

再びフィットしたルーカス・レイバの存在もカギだった。12月に彼がケガから復帰して以来、得点率は倍増しており、彼の存在は、例えばこの14試合で7ゴールを決めているスティーブン・ジェラードのような選手が自由にプレーするのを助けている。

それでも、この先の困難を予期して、このブラジル人は以下のように語っている。「ここまではキツいシーズンだよね。2つのカップ戦もヨーロッパリーグも敗退して、プレミアでの順位だって良いとは言えない。ウチはようやく安定感を見せ始めている時期で、終盤にかけてそれを確実なものにして来シーズンに繋げたいんだよ」

2度目のダルグリッシュ時代は志半ばに終わってしまったかもしれないが、オーナーたちは2つのカップで決勝に進出、そのうち1つで優勝しようが、リーグでの8位フィニッシュを容認はしなかった。シーズン残り8試合で、現在のリバプールは両カップ戦で敗退し、リーグの順位も昨季よりひとつ下だが、多くはそれは短絡的な見方だと考えている。

ボードマンはこの点については「現在のリーグ戦での順位を去年の最終的な順位と比べて進歩がないと断ずるのは簡単だが、それは誤った見方だ。進歩は確かにしているが、よくやったと言うにはまだまだすべきことがある。そして、ロジャースにはそれをやり切る能力があると思う」と語っている。

街には、ロジャースは自分のビジョンを植え付けるための時間を与えるべきだという感覚がある。結局のところ、これは長期計画の1年目なのだ。約束通りロジャースは若手選手を登用しているし、クラブが夏に売却しようとさえしていたジョーダン・ヘンダーソンやスチュワート・ダウニングからも持っている力を全て引き出している。

ロジャースはこのように語っている。「私はマジシャンではない。しかし、私は選手を改善することはできる。今までとは違うプレーの仕方をしようとしていたわけで、シーズン当初は難しさがあった。それでも私は常に成功できるという信念を持ってきたし、それはやがて大きくなっていくものなのだ」

年明け以来、ロジャースはクラブの新たに拡大しているスカウト網と緊密に仕事をしている。ターゲットを明らかにしてチェックし、彼らが如何にチームにフィットするかを議論するのだ。来シーズンのリバプールには、さらに「ロジャース的な」選手が増えるだろう。リバプールが何位でフィニッシュしようが、次の夏はロジャースにとっても、オーナーたちの彼への信頼の面からも、重要な試練となるのだ。

ターゲットには、スウォンジーのディフェンダーであるアシュリー・ウィリアムスや、ニューカッスルのハテム・ベナルファなどが含まれ、パルチザン・ベオグラードの19歳のフォワードのラザール・マルコヴィッチ、アヤックスのクリスティアン・エリクセン、フェイエノールトのブルーノ・マルティンスらもチェックしている。しかし、4シーズン続けてチャンピオンズリーグを逃すことになる中で、ロジャースが基盤を固めるにも資金の使い方には注意が必要だろう。

マルティン・シュクルテルにロジャースが全幅の信頼は置けず、ジェイミー・キャラガーが引退する中で、守備の優先順は高い。新チームの基礎を固めるには、リバプールには新たな守備の要が必要なのだ。

ロジャースは、「役員たちは素晴らしいよ。彼らは結果が必ずしも伴ってはいないのに、進歩を認識してくれている。私にとっては大きな励みだ。今シーズンは常に移り変わりのシーズンで、何人かの選手を加えもしたが、同様のことを夏にもしたいと思っている。可能であれば、今のチームにいる選手に近い選手をもっと加えていくことになるだろうが、既に我々が必要とする資質は明らかになっている。コントロール、支配力、そして若干の強さだ」と語っている。

他の弱点についても議論はされている。ロジャースは、リバプールにはボール・ポゼッションでより効果的で、コントロールにも長け、クリエイティブであって欲しいと考えている。しかし同様に、技術面、戦術面での精度を、今季選手たちが欠いているメンタル面での強さ、信念の向上と一体化させようとしている。

これは、イギリスの自転車競技に革命をもたらした1人として知られるスティーブ・ピータース博士の貢献が活きる分野だろう。リバプールの面々は、イースト・ランクス・ロードから見下ろせば、決して敗れることなど無い、と信じる監督の下で、こうした側面がフットボールの世界で如何に重要になったかを理解できるはずだ。

リバプールで調子に乗っている者など誰もいない。安定感の欠如に苛立たされる部分はあるにせよ、ロジャースには信頼と信念が根付き始めている。本人はといえば、シャンクリー、ペイズリー、ファガン、ダルグリッシュといった過去の亡霊の模倣を求められる責任の重さを重々承知しており、「このクラブは、成功すれば長く留まることができるクラブなんだ」と語っている。

年数の話で言うなら、何十年だとか時代を語るにはまだ時間が必要だろうが、街のムードは極めて楽観的なのだ - それが長く続こうが続くまいが。

++++

実際、安定感はさておき、やっているフットボールについては面白いものがあるし、対戦相手としては、そこに段々「怖さ」が出てきてるところではあると思うんだよな。オーナー陣の「我慢」のレベルと、ロジャースの考える「長期」の認識がどこまで合っていられるのか、興味深いところ。

Friday, March 29, 2013

ファーギーは如何にライバルを退けてきたか

今シーズンのプレミアの王者は、マンチェスター・ユナイテッドでほぼ決まり、という状況になってきたが、今シーズンはオフからしてサー・アレックスの気合が違っていた。タイトルを昨シーズンは得失点差で地元の「隣人」、マンチェスター・シティに奪われていただけに、期するものがあったのだろう。

そんな経験は今回が初めてではなく、これまでにもいくつかの屈服と王座奪回を繰り返してきている。ここで紹介するラジオ局「トークスポーツ」ウェブ版のコラムは、そうした「奪回」の歴史に焦点を当てたもの。

++(以下、要訳)++

昨季王者のマンチェスター・シティがエヴァートンに敗れ、マンチェスター・ユナイテッドがレディング戦に勝利したことで、今季のプレミアリーグのタイトルがオールド・トラフォードへと向かうことはほぼ確実になった。 巨額を投じながらも、青きマンチェスターは残り9試合でファーギーのチームの15ポイント後ろを走っており、サー・アレックスはイングランド・フットボール界の王として、また新たな挑戦者を退けることになる。ここでは、これまでにユナイテッドとその監督をプレミアリーグの支配から引きずり降ろしては失敗してきたクラブと監督たちを振り返る。


ブラックバーン・ローヴァーズ

ローヴァーズは当時、今で言うところのマンチェスター・シティのような存在だった。1990年代、プレミアリーグへと昇格し、オーナーのジャック・ウォーカーの巨額の資金を得た。イーウッド・パークを本拠とする彼らも、ケニー・ダルグリッシュが大金を費やしてアラン・シアラー、ポール・ウォルハースト、デイビッド・バッティ、ティム・フラワーズらを獲得し、「タイトルを買った」と揶揄された。 ローヴァーズは1993/94シーズンにユナイテッドに次ぐ2位に入り、タイトルへの挑戦が相応しいものであると証明すると、そのオフには当時の英国最高額となる500万ポンドでノリッジ・シティからクリス・サットンを補強した。シアラーとサットンがゴールを量産し、1994/95シーズンの最終日、 - シティと同じように - ローヴァーズはユナイテッドとの争いを最後の瞬間で制した。これが1914年以来のタイトルだった。

ファーガソンがブラックバーンの栄光への対処として動いたのは、ポール・インス、マーク・ヒューズ、アンドレイ・カンチェルスキスといったベテランの放出によってであり、彼らをデイビッド・ベッカム、ポール・スコールズ、ニッキー・バット、そしてギャリーとフィルのネヴィル兄弟といった若手と入れ替え、赤い悪魔は路頭に迷うと予想された。しかしながら、「ファーギーの雛鳥たち」と、95年初めの観客へのカンフー・キックによる9か月出場停止を終えたエリック・カントナの復帰が、批評家が誤っていたことを証明し、ブラックバーンはタイトルの翌年は7位まで順位を落とした。ケニー・ダルグリッシュの辞任後、1999年にはブラックバーンはプレミアから降格していったが、ファーギーには新たな敵が現れていた。


ニューカッスル・ユナイテッド

ブラックバーンの崩壊と時を同じくして、ケヴィン・キーガン率いるニューカッスルが隆盛してきていた。「エンターテイナーズ」と評されたそのエキサイティングなフットボールで、キーガンもタイトルを目指してチームを補強することができた。1993年の昇格を経て、1994/95シーズンには、主力のゴールスコアラーだったアンディ・コールをマンチェスター・ユナイテッドへと放出しながら6位に入っていた。オーナーのジョン・ホールの富により、キーガンはレス・ファーディナンド、ワーナー・バートン、ダヴィド・ジノラ、シャカ・ヒスロップ、後にはファウスティノ・アスプリージャも買うことができた。そして、このエキサイティングなトゥーンの戦士たちは、1996年初頭には、ユナイテッドに12ポイント差をつけてトップに立っていた。しかしながら、次に起きたのは屈辱的な失速であり、崩壊したニューカッスルは、ファーギーの若きユナイテッドにタイトルを献上することとなった。

それでもブラックバーンとは異なり、タイトルをギリギリのところで逃しても、ニューカッスルは移籍マーケットで素早く動いた。ユナイテッドに競り勝って、当時の世界記録である1,500万ポンドでアラン・シアラーの獲得に成功した。プレミア最高のストライカーの獲得は、キーガンのパズルの最後のワンピースになるはずだったが、シアラーの獲得がマグパイズにとって唯一ユナイテッドを上回ることができた瞬間であり、1997年もユナイテッドが順位表のトップに立っていた。シーズン途中のキーガン解任もプラスには働かず、 ファーギーとのライバル関係はケニー・ダルグリッシュが引き継いだものの、トゥーンは再生しつつあったアーセナルを上回る2位につけるのがやっとだった。


アーセナル

1996年10月のアーセン・ヴェンゲルの到来は、イングランドでのフットボールのプレーのされ方に革命ともいうべき何かをもたらした。 知名度が高いとは言えなかったこのフランス人は、新たなコーチング手法を適用し、アーセナルの戦術的なダイナミックさをもたらすにとどまらず、選手たちのコンディショニングにも重きを置くようになった。ガナーズはプレミアリーグを揺り動かし、ユナイテッドに正面から立ち向かっていった。

フランスのフットボールの隆盛と時を同じくして、ヴェンゲルの抜け目ない補強によって彼の母国からエマニュエル・プティ、パトリック・ヴィエラ、二コラ・アネルカといった面々がやってきて、彼がハイバリーにやってきて最初のフルシーズンで、ガナーズはリーグとカップのダブルを達成した。その翌シーズン以降、90年代後半から2000年代の初期にかけて、アーセナルとマン・ユナイテッドはプレミアリーグの覇権をかけて凌ぎを削ることとなった。ユナイテッドはかの有名なトレブルを果たした1998/99シーズンを含む、プレミア3連覇で反撃し、この間アーセナルは2位に甘んじていたが、ティエリ・アンリ、ロベール・ピレスそしてソル・キャンベルによって補強されたガナーズは、オールド・トラフォードでの勝利でタイトルを手繰り寄せ、2001/02シーズンにもダブルを果たした。

ガナーズは 2003年にもダブルを勝ち取っておかしくなかったが、最後の数週間でヴェンゲルたちが首位の座を投げ捨てる状況の中、ファーギーが先にゴールのテープを切った。この失敗が効いたのか、2003/04年は無敗のアーセナルがユナイテッドを置き去りにし、新たに資金が注入されたチェルシーがファーギーのチームを3位へと沈めた。ガナーズと金満ブルーズが先を行き、2004年、2005年にユナイテッドは優勝クラブからそれぞれ15、18ポイント離されてフィニッシュした。まるで、ロンドンがイングランド・フットボールの新たな首都になったかのような様相だった。


チェルシー

多額の資金を得たチェルシーの存在は、プレミアリーグへの投資家たちにも分水嶺だった。これまでにも豊富な資金を持つオーナーたちがタイトル争いに投資をしてきたが、西ロンドンに現れた、潤沢なオイルマネーを持つロマン・アブラモビッチは、イングランドのフットボールでの資金の使われ方を変えてしまった。2003/04シーズンにアーセナルに次ぐ2位に入ると、ジョゼ・モウリーニョと数多くのスター選手の到来で、ブルーズは2005年にタイトルに向かってまい進し、ガナーズはまたもヴェンゲルの下でタイトルを守ることができなかった。また、この年は14年間で初めてファーギーのチームが2年続けて優勝を逃したシーズンでもあった。しかし、翌シーズンもチェルシーは誰にも止められず、ガナーズは4位まで滑り落ちた。ロナウドとルーニーを中心に作り上げられたファーギーの新しいユナイテッドが、チェルシーに最も近い挑戦者となった。

3シーズン続けて優勝を逃しても、ユナイテッドは典型的にファーギーな反撃を見せ、2006/07シーズンはチェルシーの上に立ってみせた。しかし、その翌シーズン早々、ロマン・アブラモビッチはジョゼ・モウリーニョを解任するという自らの足を撃つに等しい行為に出て、結果的にこのあとユナイテッドはリーグを3連覇、そしてチェルシーを下しての2008年のチャンピオンズリーグ制覇は説明の必要もないだろう。アヴラム・グラント、ルイス・フェリペ・スコラーリ、フース・ヒディンクの後にスタンフォード・ブリッジにやってきたのは、カルロ・アンチェロッティで、彼が2010年にファーギーの4連覇を阻止した。それでも、翌年ユナイテッドがタイトルを奪い返してチェルシーが2位となると、アブラモビッチは再び自分の高価な靴に発砲し、アンチェロッティを解任。チェルシーはそれ以来タイトルに近づいてはいない。


マンチェスター・シティ

チェルシー以上に金を使うことなど不可能だと思われたが、それはシェイク・マンスールがユナイテッドの地元のライバルを2008年に買収して資金を注入したことで、マンチェスター・シティによって上回られてしまった。準決勝でユナイテッドを破ってのFAカップ優勝を上回ったのは、最終節の信じがたいロスタイムでの2ゴールで逆転してのリーグ制覇だろう。ユナイテッドのトレードマークとも言うべき「諦めない姿勢」でタイトルを勝ち取ったことで、青きマンチェシターの半分が、遂にファーギーを玉座から引きずり降ろすかと思われた。

しかし、それもオフにはファーガソンが良い手を打ってきて、移籍マーケットでシティが標的にしていたロビン・ファン・ペルシ獲得に成功した。アウェーのシティ戦での決勝ゴールを含む、ファン・ペルシの素晴らしいゴール量産体制は、ファーギーが元の王座に戻るのを大いに助けている。これまでに克服してきたライバルの数々を考えれば、彼は引退するまでトップの座を守り続ける、と賭けない人の方が珍しいだろう。


++++

「やられたらやり返す」シーズンにあたる今季は、差のつけ方も圧倒的ですよね。ファーガソンには相当期するものがあるんだと思いますけど。

Thursday, March 14, 2013

「大事なのは栄光」を思い出させたトッテナムとヴィラス・ボアス

今回紹介するのは、インテルとのヨーロッパリーグの対戦を控えるトッテナムと監督のアンドレ・ヴィラス・ボアスに関する、「インディペンデント」紙の記事。昨季までチームを率いたハリー・レドナップとは一線を画すスタンスでヨーロッパリーグに臨むヴィラス・ボアスは、グループリーグからほぼメンバーを落とさず、本気でタイトルを獲りに行っている。

そのスタンスが、忘れていた一見当たり前な、栄光に対する欲求を思い出させてくれている、というトーンをホワイト・ハート・レーンのスタンドに掲げられてるモットーのひとつである "The game is about glory"と重ね合わせて、サム・ウォレス記者がエッセイにしている。

ちなみにこのモットーは、 1961年の二冠達成時のキャプテンであるダニー・ブランチフラワーが語った、“The great fallacy is that the game is first and last about winning. It is nothing of the kind. The game is about glory, it is about doing things in style and with a flourish, about going out and beating the other lot, not waiting for them to die of boredom.”(概訳:「(フットボールは)勝ち負けこそ全てというのは誤りで、大事なのは栄光だ。それは、相手が退屈して死ぬのをを待つのではなく、スタイリッシュかつ華麗にプレーで自ら相手を叩きに行くことだ」)という言葉から来ている。


++(以下、要訳)++

ホワイト・ハート・レーンのスタンドの真ん中で声高に宣言されている通り、大事なのは栄光 - The game is about glory - だ。もしくは、この22年で獲得したトロフィーが3つで、最後にリーグを制したのが1961年であるクラブで、彼らはそう伝えられている。

長きに渡って、フットボールは、偉業を成し遂げた1961年のトッテナム・ホットスパーのキャプテンであるダニー・ブランチフラワーがこのエレガントな5語に描き出した - より長い部分ではフットボールがどうあるべきかを語っている一節 - ように、実際に栄光を追い求めてきた。しかし、近年では、好むと好まざるとにかかわらず、フットボールにはより多くの意味が内包されている。

フットボールとは金であり、商業的な収入を伸ばすことであり、収入に占める給与の比率を下げることであり、チャンピオンズリーグ出場権内を確保することである。スパーズの場合には、ハリンゲー・カウンシル(自治体)やセインズベリー(スーパーマーケット)、市長の同意を取り付けて財源を確保し、世界の金持ちが集まるロンドンの中でも最も恵まれないエリアのひとつに新スタジアムを建設することだ。

確かにフットボールでは栄光こそが全てだが、現代で栄光を勝ち取りたければ、そこには計画、予算、認可、そして実際の建設まで必要だが、それでもアーセナルに10年遅れをとっていることに気付くのだ。スパーズを21世紀へと引き込むのは簡単な任務ではない。しかし、実際にそこに辿り着きつつある中で、ひとりの男がこの5語のモットーの重要な要素にしっかりと目を向けている。

その男とはアンドレ・ヴィラス・ボアスだ。他の監督がトップ4でのフィニッシュに注力する中で、今でもヨーロッパリーグを勝ち取ろうとしている。ブラボーだ。週末のアンフィールドでのリバプール戦には3-2で敗れたのは痛手だが、これは12月9日エヴァートンに敗れて以降の初黒星だ。(プレミアとヨーロッパリーグの)2つの大会を戦うことは簡単ではないが、この時点でヨーロッパリーグを諦めるのも愚かな考えだろう。

勝ち上がる意思が無かったわけではないが、リバプールは先月1つ前のラウンドで敗退した。メンバーを揃えて臨んだロシアでのゼニト・サンクトペテルブルクとの1stレグを落とし、ホームでの素晴らしい3-1の勝利も、アウェーゴールの差で敗退するのを止めることはできなかった。しかし、リバプールにとっては、この大会の意味は違っていた。

現在の平凡な姿は別にして、リバプールはこの12年間の間にチャンピオンズリーグもUEFAカップも勝ち取っている。スパーズは131年間の歴史の中で、3つのヨーロッパ・タイトルで、しかもそのどれもヨーロッパ王者ではなく、最後の1984年のUEFAカップから来年でもう30年が経とうとしている。タイトルを獲りに行かないとしたら、どんなエクスキューズがあるというのか?

最も明白なものは、ストーク・シティやアストン・ヴィラといった、近年この大会にメンバーを落として臨んでいたチームのように、リーグ戦への影響、というものがあるだろう。スパーズの手には3位の座も手に届く範囲にあり、クラブの歴史上たった2度目のチャンピオンズリーグに来季も出場できる順位だ。

木曜日のミラノでのインテル戦を勝ち上がれば(ヨーロッパリーグの)準々決勝に勝ち上がり、そこから先の日程は、リーグ戦の日程と相まって多忙なものになるだろう。

ヨーロッパリーグの準々決勝2試合は、スパーズがエヴァートン、同じくヨーロッパリーグに残るであろうチェルシーとのリーグ戦がある週の半ばに開催される。準決勝の1stレグは、ホームでのマンチェスター・シティ戦を戦った後に入るだろうし、アムステルダムでのファイナルに到達すれば、それは5月15日、リーグ最終節であるホームでのサンダーランド戦の4日前だ。ヨーロッパリーグを勝ち取っても、それを祝福するヒマもないだろう。

しかし、それを誰が気にするというのだ?時に、モダン・スポーツの注意深さなど無視して、前に突き進まねばならないのだ。ヴィラス・ボアスの場合には、個人的な理由からもヨーロッパリーグを勝ちたいと考えるだろう、という見方もある。ヨーロッパリーグが、彼を、当時指揮を執っていた小さなリーグからヨーロッパの舞台へと引き上げた。彼が2011年にポルトで勝ち取ったタイトルであり、ポルトガルの外にも彼の名声を轟かせることになった大会で、彼にとって意味するところは大きいのだ。

それがどうした?最後のヨーロッパでのトロフィーが、まだ鉱夫たちがストライキをしていた時代であるクラブにおいて、それが可能であるかは別にして、監督がそのタイトルを欲しいと思うことに、考慮の余地など無いのだ。

ヨーロッパリーグは、その序盤戦は馬鹿げたほどに肥大化した - 最初からトーナメントにすべきだ - 大会で、クリスマス明けのチャンピオンズリーグ敗退クラブの参加は、最初から戦ってきたクラブに対する侮辱でもある。スパーズの場合、既に9試合をプレーしている。しかし、今3月になって、大会は興味深いものになってきている。

別にスパーズが国内リーグと両立しながらヨーロッパのトロフィーを勝ち取る最初のクラブになるわけではないが、チャンプオンズリーグを勝ち取るのは別次元の話だ。相手のレベルが違う?そうだろう。しかし、昨年のチェルシーの成功からスパーズも痛いほど理解しているように、翌シーズンのチャンピオンズリーグへの出場権を得られる上、金銭的もメリットが大きい。UEFAから受け取る賞金は、チャンピオンズリーグが1,050万ユーロ、ヨーロッパリーグは500万ユーロだ。

チャンピオンズリーグでの地位を確立しているクラブは、増大する試合数への対処でも有利で、長年に渡るより多額の収入で選手の補強も可能になる。ヨーロッパリーグを制しつつ、国内でチャンピオンズリーグ圏内を確保することは、比較の面で言っても、壁の高い話だとも考えられるだろう。

しかし何より、ヴィラス・ボアスのスパーズがヨーロッパリーグのタイトルを追い求めることは、クラブとしての彼らが何者であるかを、より深遠に物語っている。スパーズはチャンピオンズリーグ出場権を
欲しいと思っているが、スパーズのような伝統的な意味での「ビッグクラブ」であっても滅多に来ない貴重なチャンスを棒に振るというのは、代償の大きい話だろう。

スパーズと会長のダニエル・リヴィは、この数年で特筆に値する進歩を成し遂げてきたが、今シーズンのヨーロッパリーグを狙いに行って、栄光を勝ち取るというギャンブルには、その価値が十分にある。ヴィラス・ボアスがホームでの毎試合で通り抜けるプレスルームの写真の数々の中で最も目を引くものは、男たちがトロフィーを掲げているものだ。それこそ、ここでのフットボールが意味するところだ。

++++


ひいきのクラブであるスパーズの話であったことを差し引いて、ヨーロッパリーグでの戦い方、もしくはそもそも何のためにプレーをするのか、って視点だけで見ても、改めて考えさせられるコラムだった。去年のハリーが完全にELを捨ててたことに釈然としない気持ちがあったのは事実だし、今年AVBがこうして(当たり前のことだけど)明確にタイトルを狙いに行っていることには爽快さがあるんだよな。

アムステルダムでのファイナル、是非とも辿り着いて欲しい。

Saturday, February 9, 2013

リバプールを去るジェイミー・キャラガー

先日、今シーズン限りの引退を発表したジェイミー・キャラガーは、最近では数少なくなった、クラブ一筋の選手。リバプールの下部組織で育ち、97年のデビューから700試合以上に出場してきた。そんな彼の引退を寂しく思うのは、リバプールのファンだけではないだろう。

ここで紹介するのは、BBCのフットボール主幹を務めるフィル・マクナルティ氏の手記。


++(以下、要訳)++

コップは「キャラガーたちのチーム」という夢を歌にしてしまったが、今シーズンが終わればリバプールは彼らの唯一の存在がいない日々に慣れていかねばならない。

世界のレッズのサポーターたちがキャプテンのスティーブン・ジェラードを代えの利かない存在だと考えているのなら、監督のブレンダン・ロジャースは、キャラガーが今季限りで引退した後には、この35歳が残す穴を埋めるのは如何に難しいかを実感するだろう。

ジェラードとキャラガーはこのコスモポリタンなご時世に、リバプールにおけるリバプール出身の双子のシンボルともいうべき存在であり続け、アンフィールドの波乱と変革、そして輝かしい成功の時代のチームとテラス席との直接的なつながりであった。

ディレクターのイアン・エアの言葉を借りるなら、キャラガーの「リバプール・フットボール・クラブの壮大なる象徴」という地位には、彼が狂信的なエヴァートン・ファンとして育ち、1994年にアンフィールドの育成組織にやってきた、という皮肉の意味合いが込められている。

しかし、このモデルとなるプロフェッショナルで、際立った存在のディフェンダーは永遠にリバプールのものであり、クラブも彼にプレミアリーグ以外の全てのタイトルをもたらしてきた。

キャラガーによる引退の発表は、彼のやり方通り、典型的に利他的なもので、自分の将来を明確にすることにより、ブレンダン・ロジャースに次の手を常時考えられる時間を与えることになった。ロジックは単純明快で、決断したのなら、なぜタイミングをはかるのだ、ということだ。

その発表は、キャラガーが最近のリバプールにもたらしてきた価値を再度示した1週間後だった。FAカップでリーグ・ワンのオールダムに敗れた大混乱の後、アーセナル戦とマンチェスター・シティ戦で戦列に加わって安定感と秩序を回復させたが、それはキャラガーがキャリアを通じてしてきたことでもあった。

この両試合でリバプールは引き分けたが、彼は組織と厳しい決意、そしてピッチ内外で蓄積してきた処世術を持ち込み、ロジャースの最早キャラガーを使わずにはおれない、という主張も実証することとなった。それは、過小評価(アンフィールドではそうでない、と強調したい)されてきたこの選手とその個性がリバプールにもたらしてきたものの新たな実例でもある。

キャラガーはしばしば気のない褒められ方をしてきた。2005年のイスタンブールでハーフタイムに0-3とされながらPK戦の末ACミランを下して勝ち取ったチャンピオンズリーグの試合の輝かしい瞬間に代表される、汗をかき、叫び声を上げながら最後の1枚のタックルに身を投げ出す姿は、彼の守備の時の準備や申し分のない試合を読む力、完璧なタイミングのタックル、そして彼が示してきた威厳を決して隠すことはしない。もしかすると、最も重要なことは、彼がエリア内や付近での危険を察知する能力に非常に長けていたことなのかもしれない。その能力は値段のつけようもない。

キャラガーにとって、リバプールでのキャリアの始まりは簡単なものではなかったかもしれない。1997年3月にホーム・デビューとなったアストン・ヴィラ戦で珍しいヘディングでのゴールをコップの前で決めたとはいえ、アンフィールドのサポーターの厳しい一面も感じたこともあっただろう。

彼が真に花開いたのは、彼の完璧なメンターで、フットボールの理解への渇望を満たし、キャリアを通じて活きたプロ意識を植え付けたジェラール・ウリエの下でだった。その理解への意欲は現在でも生きていて、それは解説者への道を広げるだろうし、メディアのそうしたポストも彼のデータベースを欲しがっている。その物言いは典型的にダイレクトであり、かつ鋭い洞察と分析を伴ったものになるはずだ。

ウリエは、キャラガーがやがてセンターバックとしての地位を確立するまで、左右のサイドバックとしてしばしば起用した。そして、リバプールがワージントンカップ、FAカップ、UEFAカップを制してトレブルを達成した2001年シーズンのように、名誉はやがて付いて来始めた。

リバプールが、2007年2月のカンプ・ノウでのバルセロナ戦、2008年3月のサン・シーロでのインター・ミラン戦、2009年2月のベルナベウでのレアル・マドリッド戦など、海外での偉大なる勝利を挙げる時には、キャラガーは常にその中心にいた。

キャラガーはラファエル・ベニテスのプランの中心であり、昨シーズン2度目の監督就任となったケニー・ダルグリッシュにも重用された。彼の1年間の契約延長を望んでいたロジャースも、当初はダニエル・アッガーとマルティン・シュクルテルを好んで使っていたが、キャラガーを呼ばずにいるのは不可能だと気付いた。

キャラガーが他の場所でフットボールを可能性はこれまで皆無だった。驚きがあるとすれば、彼がリバプールのコーチング・スタッフに加わらないことくらいだろう。彼自身が今はそのタイミングではない、と判断したようだが、やがてはその時がくるはずで、リバプールのメルウッドのトレーニング本部にも両腕を広げての歓迎を受けることだろう。

キャラガーのイングランド代表でのキャリアは、ジョン・テリー、リオ・ファーディナンド、ソル・キャンベルといったディフェンダーたちの陰に隠れがちだったが、それでも38キャップを刻んでおり、前監督のファビオ・カペッロにも高く評価されていたことは、代表を引退していた2010年に南アフリカでのワールドカップのために復帰を説得されたことからも分かる。そして、キャラガーへの信頼感や彼の能力が、前述の3人を上回った時期があってもおかしくなかった、という意見は数多くある。

引退の発表以降、彼の仲間からの賞賛や尊敬の言葉が相次ぎ、イアン・キャラガンに次ぐリバプールでの出場試合数723は、タイトルを獲得する以前からの彼の能力の何よりもの証明だ。

5月19日のアンフィールドでの最終戦となるQPR戦までのキャラガーのセンチメンタルなお別れツアーを期待している者は、もう一度考えるべきだろう。キャラガーは、自分の今後についての発表をいったん忘れ、トップ4入りの可能性を上げることと、恐らく最後のひとつのトロフィー、ヨーロッパローグを勝ち取ることに集中しているはずだ。

良いことにも全て終わりがある。そして、ジェイミー・キャラガーは、リバプール・フットボール・クラブにとっても、フットボールそのものにとっても非常に良き存在であった。

++++


サイドバックの印象が強かったキャラガーがこうした形でセンターバックとしてレジェンドになるとは全然思ってなかったけど、こういう選手の存在は、結びにもある通り、フットボールにとっても良き存在だと思う。

だからこそ、リバプールのファンも「キャラガーたちのチーム」を夢見たんだろうな、と。以下は、出だしに記述のあった、その"We All Dream of a team of Carraghers"のチャント。



We all dream of a team of Carraghers, a team of Carraghers, a team of Carraghers,
We all dream of a team of Carraghers, a team of Carraghers, a team of Carraghers,
Number 1 is Carragher, Number 2 is Carragher, Number 3 is Carragher, Number 4 is Carragher,
Carragher!!

We all dream of a team of Carraghers, a team of Carraghers, a team of Carraghers,
We all dream of a team of Carraghers, a team of Carraghers, a team of Carraghers,
Number 5 is Carragher, Number 6 is Carragher, Number 7 is Carragher, Number 8 is Carragher,
Carragher!!

We all dream of...

・・・延々続くわけですね。
チーム全員キャラガー!!それを夢見てもらえるってのは、やっぱレジェンドよね。

Saturday, January 26, 2013

リーズ帰還を果たすアーロン・レノンとその才能

今週末はプレミアリーグがお休みで、代わりにFAカップの4回戦が土曜と日曜に分けて開催されるが、このFAカップで久々に古巣に姿を見せる男がいる。アーロン・レノンは、7年半前に当時18歳でリーズからスパーズ入りしたが、この4回戦でリーズとの対戦が決まり、移籍以来初めてエランド・ロードでの試合に臨むことになった。

今回紹介するのは、かつてリーズの育成部門の指導者として、その若き日のレノンを指導したグレッグ・アボットなど、彼に関わってきた数名のコメントを織り交ぜつつ、彼がいかに才能あふれる選手であるかを紹介する、ロンドンの無料夕刊紙「イーブニング・スタンダード」紙の記事。

++(以下、要訳)++

移籍マーケットでこんな話があったらどうだろうか。やがてイングランドで最高のウィンガーの1人になり、26歳前にクラブで300試合以上に出場、2度のワールドカップにも出場することになる選手を、僅かに50万ポンドで獲得する。

そんな話が真実とは信じられないだろうが、日曜のエランド・ロードでのFAカップ4回戦の場にいる者には、それが分かるだろう。リーズを去って7年半、アーロン・レノンはトッテナムに50万ポンドで移籍して以来初めて地元のチームとの対戦に臨む。契約切れであったにも関わらず金銭の支払いが発生したのは、彼が当時18歳だったからだ。

レノンはハリー・レドナップがフル・シーズンを最初に率いた2009年にも素晴らしいシーズンを送ったが、ホワイト・ハート・レーンでの8年目を迎える今季はもっとも印象に残るものになりつつある。

危険な香りを発散し、機敏で破壊力あるそのプレーは、彼が25歳にして今までで最も才能に自信を持っているようにさえ見える。3ゴールと彼が作り上げた多くのチャンスは物語の一部でしかない。守備面での働きと戦術理解は称賛に値する。

複数の関係者も監督のアンドレ・ヴィラス・ボアスとの良好な関係を強調している。レノンはヴィラス・ボアスの明快な指示、実直さ、そして常に会話にオープンな姿勢を称賛しているようだ。同様にレノン本人も「自分の殻を破って」、ドレッシングルームでも、トッテナムでの在籍最澄選手として、より大きな責任を果たすようになっているようだ。彼は5か月前に、クラブとの新たな4年契約にサインしている。

それは今まで常にそうだったわけではない。リーズでユース世代の指導にあたっていたグレッグ・アボットは、2001年にU-14の試合でレノンの才能に気が付くのには「3秒で十分だった」が、ロンドンへの移籍は壁が高いうえに時期尚早なのではないかと感じていた。

現在リーグ・ワンのカーライルを率いるアボットは、スタンダード・スポーツの取材に対して、このように語っている。

「ロンドンに彼を送り込むのは恐らく1年早かった。マンチェスター・ユナイテッドやリバプールも彼を欲しがっていて、その方がリーズの家族の下にも近かったしね。家族を愛するアーロンだけに、ロンドンでの暮らしはタフに感じただろうが、彼は乗り切ったね。リーズでは、彼や彼の家族に問題があれば、私はいつでもそばにいると約束していたよ」

「試合の時には私は彼を家まで迎えに行って、他クラブからの関心にとらわれないように気を付けていたんだ。彼とリーズでのプロ契約にこぎつけて、彼はそこから43試合プレーして移籍した。去年9月にカーリングカップで対戦(訳注:カーライルがスパーズと対戦)した時に、試合前に話をしたけど、今でもしっかり地に足がついていたよ。彼は自分の成功やライフスタイルについて話すのではなく、家族やリーズでの日々について話してくれた。ユニフォームにサインを入れて僕にくれたけど、誇らしい宝物だね」

今季が始まるまでは、レノンは好不調の波が大きかった。今でもそうなのだが、彼の数少ない安定した傾向と言えば、メディアに自分のプレーを語ることを躊躇いがちなことだった。彼を知らないものには、寡黙で不愛想でさえあると見えるだろう。彼をよく知るものでも、レノンはシャイであり、控えめな性格で知られるマンチェスター・ユナイテッドのポール・スコールズのように、注目の的になることに前向きではないのだ。

それでも、レノンのプレーは、周囲から際立ったものであることを証明している。パスと苦手だった左足の向上を見たアボットは、レノンがやがては中央の攻撃的な選手として活躍できると確信している。

レノンをスパーズに連れてきたフランク・アルネセンは、彼との契約を完了させる前にチェルシーへと旅立っていったが、それでも彼の獲得を決めたことを誇りに思っている。現在はハンブルクのスポーツ・ディレクターを務めるアルネセンは、「アーロンの獲得には50万ポンドしかかからなかったし、彼とトム・ハドルストンで当初のコストはたったの110万ポンドだった」と語る。「そんな値段で彼を獲れるなら即決だ。2006年の1月にアーセナルはセオ・ウォルコットを1,200万ポンドで獲得していたが、我々はアーロンを遥かに安い金額で得ていたんだ。リーズ時代にワトフォード相手にプレーする彼を見た時にはベストの調子ではなかったが、スピード、ドリブル、クロスにその素質は十分に見て取れたよ

「私はPSVアイントホーフェンにいた頃には、ロナウド、アリエン・ロッベン、ヤープ・スタム、ルート・ファン・ニステルローイの契約にも関わったが、その中でもアーロンがベストだ。特にかけた費用と得チームにもたらしたものを考えればね」

アルネセンは首都ロンドンでの生活に適応する上でレノンが直面するであろう課題を認識していたが、週末に自身が育ったリーズへの帰還を控えるレノンの次なる挑戦は、彼の才能のすべてを発揮することだ。

ハリー・レドナップ時代のトッテナムでアシスタントを務めていたジョー・ジョーダンも、「未だに本人は、自分のスピードとプレーの質が相手にもたらしている脅威を認識していないと思っている」と語る。

それが実現する時には、レノンは相手にとって大きな脅威となっていて、50万ポンド -最終的に100万ポンドに上がったが- は、スパーズがこれまでに投資した金額の中でも最高の使い道であったように見える。

【レノンについてのコメント】※カッコ内はレノンとの接点


グレッグ・アボット(元リーズ・アカデミー監督)「彼はいつもサイドで選手をかわしていくけど、4-2-3-1のセンターフォワードの後ろで中央でもプレーできると思う。彼が思われているよりも、視野は広いんだよ」

ジョー・ジョーダン(元スパーズ・アシスタント)「彼は今でも成長しているよ。人々は彼がまだ25歳であることを忘れがちだ。ウィンガーだと試合に関わっていくのは難しいことが多いが、様々な方法を見出しているよ」

アンドレ・ヴィラス・ボアス(現スパーズ監督)「凄い選手だよ。陽の当たらないこともあるが、自分のパフォーマンスのレベルがもう一段上げられることも理解している」



++++

ということで、チームの色があるものとしては自分の好きなスパーズのものが続いてしまったけど、こういうトーンの記事を追ってしまうもんで、また選んでしまった。FAカップの試合もどんどん中継してくれると良いんだけどなー。

Saturday, January 12, 2013

アウェー・チケットにもファイナンシャル・フェア・プレーを

プレミアリーグのチケット代に関する考察は、以前「プレミアリーグの高額チケットが追いやるもの」で紹介した。おとといあたりから話題になっているのは、日曜にエミレーツで行われる試合のアウェー・チケットが売れず、シティが割り当て分の余りをアーセナルに突っ返した、という件。アーセナルのファンもチケット代高騰に反発して行進をするなどしており、メディアはこぞって高騰するチケット代についての問題を記事にしている。ここで選んだのは、「ガーディアン」紙のポール・ウィルソン氏のコラム。(※最近の為替のレートは、1ポンド140円前後)


++(以下、要訳)++

既に、日曜のアーセナル戦でアウェー用に割り当てられたチケットのうち900枚を、62ポンドという料金が高すぎると考えたマンチェスター・シティがアーセナルに返した、という話はご存じだろう。この件は、イングランドでのチケット代の狂ったような高騰が分水嶺もしくは転換点になっておかしくない、と思わせるには十分だった。

同様に2,000人弱のシティのファンが喜んで -いや、おそらく喜んでではないだろうが。いずれにしても彼らはチケットを買った- 62ポンドのチケット代を払い、シティのファンが買わなかった分はアーセナルのファンが喜んで買うだろうから、アーセナルは困ることもないだろう。62ポンドというのは、エミレーツでのカテゴリーAの試合のチケット料金だ。特にビッグクラブ同士の対戦の場合には、ホームのクラブはアウェー側で不要となったチケットについては簡単に買い手を見つけることができてしまう。ということは、これはチケット代高騰に対する抵抗の流れなのか、それともアウェーのサポーターにはより少ない枚数のチケットを割り当てる、という流れの始まりなのだろうか?

ひとつ確かなのは、クラブはチケットを得ることしか考えていない、ということだ。彼らは、スチュワードに追加コストがかかることやサポーター同士を隔離する必要があることことから、実際のところ誰がチケットを買おうがさほど気にしてはいないし、アウェーのファンの数を可能な限り少なくするためにアウェー席のチケット代を高く留めておこうとしても、それはさほど大きな驚きではない。そうしてるクラブは既にある、と主張する者もいるだろう。交通費をはじめとするその他の必要コストも値上がりする中、アウェーのサポーターが支払わねばならない追加料金がアンフェアな重荷となるのは当然だ。

例えばニューカッスルがアウェー席をどこに割り当てるかを見てみれば、数多くのホームのファンを抱える彼らが、アウェーに駆け付ける相手クラブのファンを居心地悪くしようとしている、と思うのはたやすいことだ。逆にウィガンのようなクラブは、入場料を払ってくれる全員に感謝し、アウェーのファンであろうが、喜んでゴール裏全体を開放している。

ここで言いたいことは、アウェーのファンがしばしば酷い仕打ちを受けるということではなく、各クラブは彼らを好きなように扱えるということだ。存在しているべき規定は無いのだろう。アーセナルの求める62ポンドという料金の支払いの拒否についてコメントしたマンチェスター・シティの広報の1人は、「多くのファンは支払うこともできたが、ロンドンのクラブがおちょくってきていると感じて、多額の金を払うことを拒否したのだろう」と語った。文句は無い。アーセナルのファンは、エミレーツでのチケット代がシーズン平均で言えば37ポンド程度だ、と指摘するだろうが、彼らにしたってカテゴリーAに区分される強敵との試合では60ポンドを支払うのだから。


ロンドンの上位クラブたちのチケット代の高さは悪評高いが、これはマンチェスター・シティのようなクラブに選手が流出しないように巨額のサラリーを支払わざるを得なくなった結果として、年俸総額が非常に高くなっているからであり、最も必死になっているのがアーセナルだ。シティはロビーニョやアデバヨルにバカげた金の使い方をしてサラリーのインフレを生む前に、キチンと自分たちのファンベースを認識していなかった。したがって、高いチケット代への責をシティのサポーターに浴びせるのは誤りなのだろうが、昨季タイトルを獲ったことで、自分たちは区分上の最高レベル、カテゴリーAであり、それに合わせた料金設定となってしまうのだ。

一般的に言えば、大部分のアーセナル・ファンが日曜日の試合に60ポンド程度を払っているのであれば、シティが異論を唱える余地はなくなる。彼らとて、身も凍る北部からやってきた恵まれない従兄弟たち、というわけではないのだ。より興味深い質問は、試合を観るためにこれだけ高い金額を支払っているアーセナルのファンたちはどう感じているのか、ということだ。リーグで最も高価なスタジアムから値段に見合う価値を得ているとは思っていないというのは明らかな中、TV放映権からの追加収入は来季からクラブの更なる収入源になる。アーセナルのファンは、スタジアムに通うサポーターに正当なチケット料金を設定して欲しい、と各クラブに嘆願する活動では先頭に立っている。

彼らの主張はこうだ。プレミアリーグのクラブはすべての席を20ポンド(高くない席であれば3分の1)を値下げしても、追加のテレビ放映権収入で利益を生めるはずだ。そうすることで、観客たちもスタジアムに帰ってきて、皆にメリットがある。そして、ヒルスボロの悲劇の後の報告書でテイラー判事が「全席指定のスタジアムであっても観客にそのコスト増を転嫁する必要はない」とした精神を引き継ぐことができる、というものだ。もちろん、そんなことは起こりやしない。各クラブは追加の収入があるのであれば、それは将来を考えてサポートの継続のためにいくらか投資をするよりも、選手や代理人に資金をつぎ込んでいくのだ。

少し脱線する。アウェー・チケットの料金は、アーセナルが62ポンドに設定し始める前から議論の中心だった。今シーズンはまだ半分が経過したところではあるが、私は不道徳なチケット代に不満を持つアウェーのファンの声を数え切れなくなっている。「ウチはあいつらを20ポンドで入れてやったのに、ウチには35ポンドも払わせやがる」、「自分たちのチケットを値上げしないで、俺たちの分だけあげやがった」といった具合だ。高過ぎると言ってシティがアーセナルに返した900枚のチケットは、自分たちでさばけてしまうのであればアーセナルには問題にならないだろう。証明されてしまってるようなものだが、需要と供給の関係は狂った形で成り立っていて、その意味でチケット代は高過ぎないのだ。62ポンドで900枚ということは5万6000ポンドくらいの収入にあたる。アーセナルやシティにとってははした金だろうが、大半のフットボールクラブには5万6000ポンドと言えば多くの使い道がある。全部で7,500ポンドの移籍金でできているブラッドフォード・シティ(現在4部ながら、リーグカップでアーセナルやアストン・ヴィラを破って話題になっている)がその7倍の金額を手にしたら、どれだけ良いチームになるだろうか?


トップクラブは、アウェーのファンが貢献する利益に無関心なだけでなく、彼らが試合当日にもたらす雰囲気も軽んじているようだ。両チームのサポーターがいないのであれば適切なフットボールの試合とは言えないし、飾りだけのようになりつつあるプレミアリーグでのアウェーのファンの存在感は、より多くの人数が駆け付けてより良い雰囲気を醸し出すカップ戦のそれとは比べるべくもなくなった。

ウェストハムは、オールド・トラフォードでのFAカップ再試合の彼らの割り当て分を既に完売した。1枚45ポンドだ。これは反対方向に旅をすることになるシティがチケット代を払いたがらないことと矛盾するようにも思えるだろうが、アイアンズ(訳注「ハマーズ」と同様のウェストハムの愛称)のファンは、歴史的な「俺はあそこにいた」という瞬間の可能性を逃したくないのだ。おそらく将来にわたって自慢できることであり、そのために自分たちは喜んで努力をするのだ。

これこそ現在のプレミアリーグが欠いてしまっているアウェー・サポーターの質だ。いまや観客はすっかり大人しくなり、彼らは呆れるような扱いで高い料金を課されている。フットボールにおいてユニークな存在であり続けてきた存在を守るという意味では、アウェーのファン向けの「ファイナンシャル・フェア・プレー」を導入すべきなのではないだろうか。プレミアリーグの試合のアウェーチケットは、ホームのファン向けの最安のチケットよりも高くなるべきではない。いつも同じであるべきなのだ。一番観にくい場所ではあるだろうが、アウェーのファンは最も安い席を割り当てられれば良い。しかし、今はそこにいるために、必要以上の金を支払わされているのだ。アウェーのファンは必要だし、価値があり、最近は暴れることもない。プレミアリーグには彼らをもっと尊重する財力があるはずだ。

++++

雰囲気を作り出す、という意味でのアウェー・サポーターのことにはいろいろと思うことがある。ホワイト・ハート・レーン通いしていた時には、相手がニューカッスル(ボロ負けしててもずっと歌ってる)とフラム(そもそも来ない)じゃ全然違ったし、チャンピオンズリーグでブレーメンのファンが来た時は、そりゃいつもと違う雰囲気だった。

お前らの応援なんて大したことないな、と少人数のアウェーのファンとしてホーム側に言える時なんて気分が良いものだし、そう言われるホームのファンが一層盛り上げる、なんてこともあって、イングランドの「あの」雰囲気は作られてもいる。それができにくいレベルにまでチケット代が上がってきているのも事実なんだろうけど。62ポンドって、今のレートで8,500円超えだし。

オマケ。いずれもホワイト・ハート・レーンでのスパーズvsアーセナル。



最初のはアーセナル・ファンが「(お前らの声が聞こえないから)代わりに歌ってやろうか?」ってチャントで、次はスパーズ・ファンが「お前らのサポートはクソだな」とふっかけているもの。前者は2010年のカーリングカップの試合で、アーセナルのファンがゴール裏まで来てるけど、プレミアの試合の時にはこんなに割り当ては無くて、後者のように角に追いやられてる。

どのチーム同士の試合でも、こんなやり合いは常にあって、楽しい雰囲気作りにも一役買ってるんだよね。

Wednesday, January 9, 2013

ムサ・デンベレはいかにルカ・モドリッチの穴を埋めたのか

「FourFourTwo」は、ほんの一時期日本語版も出ていたイギリスのフットボール雑誌。そのウェブ版に、データに特化したコラムが掲載される『Stats Zone』なるコーナーがあるのだけど、そこによく寄稿しているのがフリーライターのマイケル・コックス氏。先日は「ガーディアン」紙に書いていたマンチェスター・ダービーのプレビューを紹介したが、彼がここでピックアップしたのは、トッテナムのムサ・デンベレ。

彼がいかにしてルカ・モドリッチの穴を埋めているのか、というのを、Optaのデータを活用してこの「FourFourTwo」誌がiTunesで提供するアプリ、「Stats Zone」を使って解説している。


++(以下、要訳)++

年末の「デイリー・メール」の素晴らしいインタビューでは、ムサ・デンベレはトッテナム加入後に彼がすんなりと役割を引き継いでみせたルカ・モドリッチとの比較を避けていた。「自分がルカの後を継いでいると考えたことは無いよ。自分では全然違う選手だと思っている。彼のプレーには凄く感銘を受けたけど、彼のスタイルはまた違うよね」

ある意味、デンベレはモドリッチの直接的な代役ではない。アンドレ・ヴィラス・ボアスがハリー・レドナップからチームを引き継いでいる、ということはトッテナムのプレースタイルが大きく変わっていることを意味していて、中盤の構成も違ってきているのだ。

レドナップの下で、スパーズは若干古いイングランドのスタイルを取り入れ、中盤はワイドに開いてスピード溢れる攻撃を見せるウィングたちにボールを散らすことが役割だった。少なくとも就任直後の早い段階では、ヴィラス・ボアスは中盤の3人がコンスタントに入れ替わることによる、選手たちのタテ方向への展開を求めていた。

たまたま最近のスパーズは、ハリー・レドナップがトッテナム時代に好んでいた形に近い4-4-2のシステムに戻してきている。中盤の三角形の頂点で使われるクリント・デンプシーやギルフィ・シグルズソンの調子の波が、ヴィラス・ボアスにジャメイン・デフォーとエマニュエル・アデバヨル -結果的に2-5で敗れたアーセナル戦での退場はあったにせよ- との2トップへとスタイルを変えさせた。

それがデンベレの役割も若干変えることになった。ヴィラス・ボラス就任からから間もない頃、特にリーグ初勝利となったアウェーのレディング戦では、デンベレは中盤のローテーションの触媒となっていた。サンドロよりも低い位置まで引くこともあれば、シグルズソンを追い越しもした。現在は、彼の横にサンドロがいるだけで、トッテナムの中盤はより固定された形になっている。サンドロが後ろに残って相手を止め、デンベレが前に攻撃に出る、という形だ。その意味で、現在のデンベレの役割はモドリッチのそれに近くなっている。フィジカル面では全く異なるが、少なくともピッチ上の役割で言えば、彼らは同様だ。

それでももちろんひとつの重要な例外がある。デンベレは依然として非常にダイレクトな選手で、突然ペースを上げてピッチ中央をドリブルし、相手をスピードで置き去りにすることもできる。モドリッチも相手に勝つことはできるだろうが、デンベレほどの頻度ではない。


それにしてもデンベレのパス能力は素晴らしい。元々ウィングやフォワードとしてプレーし、ボールを一人で前に運ぶことに慣れている選手であることから、パスは気まぐれなものになると思うだろう。しかし、彼はプレーをワイドに広げようというときには、極めて信頼性の高い選手である、ということが、最近の2つの試合でのデータからも分かる。



デンベレのパス展開はモドリッチを思い起こさせるものだ。今季と昨季の同じ、ホームでのストーク戦でデンベレとモドリッチを比較してみよう。デンベレが考えているよりも、多くの共通点が見いだせる。中央左に位置し、パスは大抵横向きだ。


明確な違いはその正確性だ。モドリッチは常に信頼の置けるパサーだと考えられているが、昨季のパス成功率は87.4%だった。今季のデンベレは、91.2%だ。

モドリッチはより野心的なパスを出すことを狙っていて、1試合平均で2.7回の決定機をチームメイトにもたらしていたが、デンベレはそれが2.0回となり、これがモドリッチのパスに失敗が多いことの理由になるだろう。そしてもう一点驚きなのは、デンベレが1試合平均で1.1本しかシュートを打たないというのは、彼が務めてきたポジションの変遷から言っても驚きに値する。モドリッチは平均2.3本だ。デンベレ本人が先に紹介した記事でも説明しているように、彼は幼少時にストリート・サッカーに没頭していた。そこではシュートによるゴールは無く、ドリブルで相手をかわし、街頭にボールを当てることが目的だった。シュートを打つことをためらい、タイトなエリアでもディフェンダーにチャレンジしていく、という彼の好みも理解できるだろう。

それでも、スパーズがモドリッチのレベルと同等のパス能力を持つ選手を何とか後継者として迎え入れることができた、という事実は印象的だ。デンベレは依然選手として成長できるし、ファイナル・サードでの貢献度を高めることができるだろう。それでも純粋に中盤エリアに限って言えば、スパーズはモドリッチの移籍による質の低下には困っていないのだ。

++++

個人的には、デンベレとサンドロにパーカーが加わった3枚の中盤、って形で機能したら凄いだろうな、と考えてるから2枚でも3枚でもフレキシブルに使えるようになってて欲しいけど、デンベレの適応は早かったね。ちょっと猫背でボール持って上がって、あのネットリしたドリブルしてくれると心躍るし。モドリッチの「いちいち正しい」プレーの選択にもいつも唸らされてたけど、デンベレにも趣があって、見ていて飽きない。

Thursday, December 27, 2012

「ファーギー・タイム」は実在するのか?

マンチェスター・ユナイテッドの劇的な展開に一役買っているとも言われるのは、「ファーギー・タイム」と呼ばれるロスタイム。ユナイテッドに有利になるように、アレックス・ファーガソンがレフェリーたちに圧力をかける結果、時間が変化するとまで揶揄される時間帯なのだが、それを統計的に分析したのが今回のBBCの記事。BBCの「フットボール」のコーナーでなく、一般のコーナーで取り上げられてる、ってのも興味深い(実際は「BBCマガジン」という雑誌の記事)。



++(以下、要約)++

フットボール・ファンであれば、「ファーギー・タイム」 -サー・アレックス・ファーガソンのチーム、マンチェスター・ユナイテッドがリードされている時に追加されるロスタイム- なるアイディアがあることはご存じだろう。
しかし、それは実在するのだろうか?

フットボールの試合の終盤というのは、非常に緊迫するものだ。試合が同点であれば、両チームとも勝利を求めて必死だし、一方が1点リードされているなら、何とか引き分けに持ち込もうとしているだろう。とにかく必死になる時間なのだ。

中には(大半がマン・ユナイテッドのファンではないと考えるのがフェアだろう)、サー・アレックスファーガソンのチーム他よりも長いロスタイムを得ていて、それが重要な終盤のゴールにつながっていると責める者もいて、それがいつしか「ファーギー・タイム」と呼ばれるようになった。

仮にそれが存在するなら、それはレフェリーが自分の仕事を適切にしていない、ということになる。標準の90分が終わった後にどれだけの時間を追加すべきかの判断は、彼らの責任だからだ。

一般的には、レフェリーたちはゴールと選手交代ごとに30秒、そして選手の負傷時に一定時間を足していくと言われている。


(左がリード時、右がビハインド時の試合時間)

しかし実際は、世界のフットボールを管轄するFIFAでも時間をどのように足していくべきかについて明確に規定してはいない。レフェリーたちが自分自身で解決することになっているのだ。

かつてプレミアリーグでレフェリーを務めていたグラハム・ポール氏は、実際に試合を裁いている時は、ファーギー・タイムのことなど考えないという。

「そんなものは、マンチェスター・ユナイテッドの成功を羨ましく考えるチームたちの迷信だとしか思わない」

しかし、一歩引いて考えてみると、そこに何かがあるかもしれないと思う、とも彼は言う。

「くだらない話と一蹴してしまうのは簡単だ。しかし、心理的にどんなことが起こり得るかを考えてみれば、オールド・トラフォードやエミレーツ、スタンフォード・ブリッジに自分がいれば、無意識のうちであれ、かかってくる重圧が何らかの形で影響するはずだ」

ファーギー・タイムのコンセプトの始まりは、プレミアリーグ初年度の1992-93シーズンにさかのぼる、とオプタ(Opta)・スポーツでデータ収集を行うダンカン・アレクサンダー氏は言う。

それはマン・ユナイテッドとシェフィールド・ウェンズデイの試合で、90分を過ぎてスコアは依然1-1だった。7分のロスタイムが与えられ、スティーブ・ブルースが得点、26年ぶりのリーグタイトルへと突き進んでいくこととなった。

「その時以来、ユナイテッドの試合で少々長いロスタイムが与えられると人々の頭には 『またユナイテッドにファーギー・タイムだ』という考えが浮かぶようになっていった」

何らかの因果があるかを検証するために、彼は毎試合の後半のロスタイムの平均値(勝っている時と負けている時のロスタイムの差)を計測してみることにした。結局のところ、問題にされるのは後半のロスタイムだからだ。

「今シーズンで言えば、ユナイテッドが一番長いね」彼は言う。

したがって。ファーギー・タイムは実在するのだ。しかし、それは今季に限ったことだ。昨季はマン・ユナイテッドは後半のロスタイムが最も短かった。

「プレミアリーグ20年の歴史で見てみれば、そこに一貫性は無い。ユナイテッドが毎シーズン一番長い、というわけではないんだ」


(全ゴール数に占めるロスタイムのゴールの比率)

しかし、最も重要な数値は、マン・ユナイテッドが同点、もしくはリードされている時にどれだけのロスタイムをもらっているかということだ。Optaが過去3シーズンのデータを参照し、他の上位5チーム(マンチェスター・シティ、チェルシー、アーセナル、トッテナム・ホットスパー、リバプール)との比較を行った。

マン・ユナイテッドがリードを許している時には、彼らは平均して4分37秒のロスタイムを得ており、これがリードしている展開だと3分18秒になる、とアレクサンダー氏は語る。

「したがって、リードされているとより長いロスタイムをもらっている言えるね。ただ、他のチームについても、チェルシーを除くといわゆる上位クラブは皆リードされている時には、平均してより長いロスタイムをもらっている。守っている側のチームが上位相手の大きな勝利のために時間の浪費をしているのであれ、レフェリーがマン・ユナイテッドが負けているという事実に影響されているのであれ、その理由はデータからは分からないがね」

もうひとつのデータ分析企業であるディシジョン・テクノロジーのガブリエラ・レブレヒト氏は、過去3シーズンについて、ロスタイムが加算された理由についてより深い分析を行った。

選手交代やイエローカード、レッドカードの提示、ゴール等によってロスタイムが加算された後にも、「レフェリーのよって影響された時間」がいくらかまだある、と彼女は言う。

彼女の計算によると、ホームのチームが勝っているとその時間は46秒。そして、「より強いチームがホームでリードされていると、そのチームがアウェーでリードされている時よりも多くの時間を得る」と言うのだ。

レブレヒト氏は、チームが「強い」かどうかをチームの攻撃および守備のパフォーマンスから算出している。今シーズンで言えば、マン・シティが最も強く、僅差でマン・ユナイテッド、アーセナル、チェルシー、そしてエヴァートンが追っている。

つまりファーギー・タイムは、特にこうした「強い」チームのひとつがホームでプレーしている時には確かに存在する、ということになり、これはチェルシーにも当てはまる。

「そうしたチームもアウェーでプレーしている時にはあまりそうした傾向はみられない。フットボール統計学の世界では、これをホームアドバンテージという考えがある。誰もその原因がどこにあるのかは理解してはいない。我々は統計上それが重要だとは認識しているが、理由については明確ではないのだ。ホームアドバンテージの要素のひとつかもしれない、ということだ」

一点彼女が言及したのは、選手交代がロスタイム中に行われると、通常の時間内に比べて多くのロスタイムが加算されている、ということだ。「レフェリーたちは、十分な時間を加算しなければ、(ホームの)ファンの怒りを買うと感じるのだろう」と語る。

グラハム・ホールは、それは自分の経験からも裏付けできるという。

「プレッシャーを感じるときには、それが反撃しようとしているチームなのであれば明確に分かる。レフェリーとしてピッチに立っていればね。そこで試合を見ていて、『選手交代がいくつかあったな。ゴールも決まったし、時間つぶしもあった。ケガもあった・・・、3分か4分くらいかな』と考えて、『5分』と言っている自分に気が付くのさ」

「そのことには、こうしてじっくり分析してみた時に、『あれ、この余分な時間はどっから来たんだ?』と考えるわけだが、それこそさっき言った無意識が働いている場面だ。しっかりとしたレフェリーであればそれを実際に認識できて、自分でその罠に陥らないようにすることができる」

ファーギー・タイムがマン・ユナイテッドにだけ適用されている、とする統計的な裏付けは無い。しかし、同時に統計はよりビッグなクラブたちへのバイアスがあることも示している。

もしかすると、我々はこれを「マンチーニ・タイム」だとか「ヴェンゲル・タイム」呼ぶべきなのかもしれない。それとも「ベニテス・タイム」(もしくは、あなたがこれを読んでいる時のチェルシーの監督の名前)?

++++

・・・といういかにもイギリスらしい記事。もっと細かいデータが知りたい方は、こちらからどうぞ。このBBCの記事にはExcelシートまであったり。

この記事にある「ホームかどうか」の条件には当てはまらないけど、ユナイテッドがバイエルンに勝ったCL決勝は、ビハインドで突入したロスタイムに2点入れて(シェリンガムとソルシャール)逆転しちゃったよね。

Saturday, December 8, 2012

マンチェスター・ダービーの戦術プレビュー

共にいまひとつ不安定さの抜けない中で迎える、今季最初のマンチェスター・ダービー。日曜のこの頂上決戦を戦術的な切り口からプレビューしているのがマイケル・コックス氏。今回は「ガーディアン」紙への寄稿記事だけど、普段は「Zonal Marking("ゾーンマーク"の意味)」という戦術分析サイトをやっていて、数多くの試合を分析している。彼が今回指摘するキープレーヤーは、シティのヤヤ・トゥーレ。ユナイテッド側で彼を止めに行くのは誰なのか?


++(以下、要訳)++

2011年のFAカップ準決勝で彼がゴールを決めてからというもの、サー・アレックス・ファーガソンは、屈強なヤヤ・トゥーレに手を焼いてきている。

マンチェスター・シティはここのところのダービーでは素晴らしい結果を残してきている。昨季のオールド・トラフォードでの6-1での勝利には誰もが驚いたし、エティハドの1-0の勝利は、その後のシーズン残り2節を有利に進めさせることになった。それでも、2011年のFAカップ準決勝でのシティの勝利がロベルト・マンチーニにとってはサー・アレックス・ファーガソン相手の最初の重要な勝利だと言え、この試合こそが、後の成功のきっかけとなったのだ。

昔ながらの太陽の眩しい午後のウェンブリー、シティでカギを握っていた選手は中盤前目の位置からエネルギッシュに前に飛び出していたヤヤ・トゥーレだった。彼の決勝ゴールは、両チームの対照的なアプローチを浮き彫りにした。ヤヤ・トゥーレは、マイケル・キャリックからポール・スコールズへの横パスをインターセプトすると、一気にボールを持ち上がってユナイテッドの守備を破ってゴールを決めた。ユナイテッドは落ち着いた、我慢強い中盤の組み立てについては集中力を保っていたが、ヤヤ・トゥーレが見せたのは、ユナイテッドが抗するのに苦しむ、生々しいまでのフィジカルの強さだった。

昨季のヤヤ・トゥーレは中盤深目の位置でプレーしており、6-1の試合でも目立ってはいなかったが、それでもエティハドでの試合の時にはパク・チソンを中盤真ん中で3か月ぶりに先発させて彼を消しに行っていた。 パク・チソンは2010年のACミラン戦でアンドレア・ピルロを完璧に抑えてみせたが、ピルロは眩いばかりのクリエイティブさは持ちつつも、脆さもある選手だ。その点、ヤヤ・トゥーレには相手を圧倒するパワーがあり、実際パク・チソンは何度となく倒されていた。ヴァンサン・コンパニが決勝ゴールを決める頃には、ヤヤ・トゥーレはシティの他のどの選手よりもパスを成功させていた。これは、彼のコンスタントな影響力を示すものであるし、彼が前へ前へと出ていくことでパク・チソンは深く下がることを余儀なくされ、結果的にウェイン・ルーニーは前線で孤立していた。この試合がパク・チソンのマンチェスター・ユナイテッドでの最後の試合となった。

日曜のダービーでもヤヤ・トゥーレは深めの位置を取るだろう。他のギャレス・バリーにジャック・ロドウェル、ハヴィ・ガルシアというオプションが、まだそこまで確信を持てるものではないからだ。おそらくファーガソンもヤヤ・トゥーレを止めに来るだろうし、その役割はルーニーしかいない。ここのところ中盤での役割を担うことが多いし、積極的なタックルも模範となる規律も持ち合わせている。

それでも、ルーニーは過去に大舞台で守備的な役割を求められた時には、頼りない側面も見せてきている。2011年のチャンピオンズリーグ決勝のバルセロナ戦を例に挙げると、彼は素晴らしい同点弾を決めはしたが、長い時間続いた「チキ・タカ」の中で、セルヒオ・ブスケツを抑えることはできなかった。今年の夏のユーロ2012準々決勝でも、イングランド陣内に効果的なボールを送り続けるピルロを全く止めに行けず、ロイ・ホジソンやチームメイトが「もっとキツく寄せろ」と絶叫していた。

これらのシーンは、守備の仕事を完璧にこなした先週のレディング戦の彼のプレーと比べると驚きですらある。 大舞台になると、2年前のダービーでの輝かしいオーバーヘッドのように攻撃面で試合にインパクトを与えようという気持ちが強くなるのだろう。しかし、この日曜日、ファーガソンはルーニーに確固たる規律を求めるはずだ。

++++

ちなみに、その2011年4月のFAカップ準決勝の時の戦術レポートに興味のある方はこちらからどうぞ。毎週末2、3試合分をこのボリュームで出してるんだから大したもの。

Saturday, December 1, 2012

ヨルとの再会でクレイヴン・コテージで輝くベルバトフ

フィオレンティーナやユヴェントスの名前も挙がりながら、最後の土壇場で急転フラムに移籍が決まったディミタール・ベルバトフ。家族の生活環境のこともあったというが、フラム選択の背景にはスパーズ時代に師事したマルティン・ヨルの存在も影響したと思われる。この写真からも伝わってくる、そんな師弟関係の温かさも感じる、「テレグラフ」紙のジェイソン・バート記者による記事。


++(以下、要約)++

金曜の朝のフラムの練習場、モッツパー・パークではディミタール・ベルバトフが、監督のマルティン・ヨルにその前の週、3-3のドローに終わったアーセナル戦でのPKを再現して見せていた。またペナルティ・スポットに駆け出すと、ちょっとした躊躇いを挟んで、ボールはゴールネットに吸い込まれて行った。

ヨルは「アイツは俺にあのPKがまぐれじゃなかったことを見せたかったんだ。俺は、『頼むよ。次はキーパーが動くのを待ってないで普通に蹴ってくれ』って言ったよ」と説明してくれた。

「でもアイツがあれをやったのは、俺が『イングランドにはキーパーが飛ぶまで待って蹴れる奴はいねーな』って言ったからなんだ。で、それをやったんだよ。でも、アイツはそれを6万人の前でやったんだからな。全然違うレベルの話だし、アイツは本当に『違う』んだよ」

そうしてエミレーツ・スタジアムで平然とゴールを決めると、ベルバトフはフラムのベンチへと駆けて行った。


「タッチラインの俺の所までわざわざ来たのは、俺に『できただろ』っていうためだったんだ。エンターテイナーになるのが好きなタイプじゃないと思うが、アイツらしいスタイルでそうしてくれたし、ああいう一面は是非残しておいて欲しいんだよな」

ベルバトフは31歳になっても神秘的な存在で、彼への意見も分かれがちだ。マンチェスター・ユナイテッドへは、現在でもクラブ記録の3,075万ポンドで2008年にトッテナム・ホットスパーから加入した。もちろん、トッテナムで彼を獲得したのはヨルだ。 ベルバトフはユナイテッドでも無頓着な雰囲気と一匹狼的な本能、一心不乱で偏向した考え方から、一部には"Berbagod"(神)であり、他には"Berbaflop"(ハズレ) だった。

しかし、この点でヨルは明確だった。「ピッチでのアイツが不機嫌で100%を発揮していないと言う輩もいるが、気持ちの中ではすべてをチームに捧げていて、それを周りも受け入れるべきなんだ。俺はそうしてるし、アイツは素晴らしいフットボーラーだ」

8月31日の移籍市場締切日に僅か500万ポンドでベルバトフがユナイテッドからやってきたことは、ヨルにクラブの歴史の中でも最も重大と讃えられ、「俺がいたからこそクレイヴン・コテージにやってきたんだ」というヨルの話のネタにもなっている。

ヨルはまた、彼が昨年の12月以来どれだけ熱心にベルバトフを口説き、どのようにしてユヴェントスやフィオレンティーナとの競争に勝ったのかを語った。

「最初は無理だろうと思ってたんだが、話してみてからは『イケるかも』って思ったよ。アイツが空港にいる時に代理人(エミル・ダンチェフ)が電話してきてね。『彼に電話をしてくれ。イタリアに行く飛行機を待ってるところだから』って。それで電話してみたら、すぐに気持ちを変えて戻ってきたんだよ」

一体何が彼を説得したのか?

「多くを語る必要はなかったが、『まぁ、俺もいるしな』って言ったのは覚えてるよ。俺はフラムにいて、『ディアラ、シュウォーツァー、ペトリッチ、ダフ・・・、良い選手も揃ってる。俺もいるしな』って言って、『オマエもここに来りゃいいじゃねぇか』って続けたよ」

ベルバトフ口説き落としの過程は、フラムがオールド・トラフォードを訪れ、ベンチから登場したベルバトフがユナイテッドの5点目を決めた、昨年の12月に始まっていた。

「5-0になった試合にはガッカリしただろうし、もし俺がアイツの立場でもそれは同じだ。ウチが大したチームじゃないのは見ただろうし、『今は来ないだろうな』って思ったよ。で、数か月後、8月にまたウチはマン・ユナイテッドと試合をしたんだが、その時は3-2でウチも違うチームに見えたし、それで気持ちを変えたんだろう。唯一の問題は、同じ日にデンベレの移籍が決まっていたことだった」

ヨルによるフラムの印象的な再建と新たなモデルの導入は、過小評価されている。最もクリエイティブな選手だったデンベレとデンプシーを失いながら、ブライアン・ルイスとベルバトフを軸に、更にクリエイティブなチームを築き上げているのだ。

ヨルはこう語る。「いかに良いフットボーラーか、って話さ。ベルバトフやルイスみたいな選手を見れば、必ずしも最高の組み合わせじゃないと考えるかもしれないが、それが見た通りなことなんてまず無いんだよ」

それはおそらくベルバトフのことも的確に言い当てている描写だ。見た通りのままであることは、まずない。最初の6試合で5ゴールを決めてみせ、それらの試合ではフラムは無敗、ベルバトフは移籍市場での激変でヨルも懸念していたフラムのシーズンを見事に変えている。

「本当にマズいなと思ってたが、移籍市場の残り数日でウチは非常に上手くやった。アイツが来てくれて、みんな『素晴らしい補強だ』って言ってたし、俺も『そうだな。そりゃ本当だ』って思ったもんだよ。アイツもまずは自分の力を証明する必要があったけど、それはやってのけたし、今はウチもおそらく今まででも一番良いプレーをしている」

「アイツもハッピーで、笑ってるよ。奥さんも妊娠してて、もう子供も生まれるしね。また戻ってきたら、まだまだプレーも良くなるだろうしな」

++++

ベルバトフは大好きな選手で、ユナイテッド時代の末期にも記事をピックアップしていた(「品格と共にオールド・トラフォードを去るディミタール・ベルバトフ」)。

12月1日は、クレイヴン・コテージでスパーズ戦。スパーズ・ファンなもので、個人的にはこの対戦は楽しみ。ユナイテッドで不遇な頃も、ベルバトフには良いチームを見つけてまだまだ試合に出てほしいと思ってから嬉しいもんだし、それがヨルの下でなら尚更。